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婚約破棄された僕が何もしなくても、僕を愛する最強の家族が元婚約者と間男を完全復讐してくれました  作者: ledled


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第三話 崩壊する日常と、届かない謝罪

復讐の嵐は、もはや誰にも止められない濁流となって、咲良と蓮の日常を容赦なく破壊し尽くしていった。その流れはあまりにも静かで、しかし致命的だった。


西園寺蓮の父親が経営する『西園寺建設』は、慧がリークした情報をきっかけに、国税庁による大規模な査察を受けることになった。長年にわたる粉飾決算、裏金作り、脱税。次々と暴かれる不正の数々に、メディアは連日トップニュースとして報じた。会社の信用は地に落ち、主要取引先は雪崩を打つように契約を解除。銀行団も一斉に融資の引き上げを決定した。盤石だと思われた会社は、あっという間に資金繰りが悪化し、慧が最後の一手を打ってからわずか一ヶ月で、不渡り手形を出して倒産した。


「どうしてこんなことに…! 俺の人生は終わりだ…!」


昨日まで乗り回していた高級外車も、住んでいた豪邸も、すべてが差し押さえられた。父親は自己破産を申請し、蓮自身も学費を払う術を失った。大学からは度重なる督促の末、冷たい退学勧告の通知が送られてきた。

かつて彼を「蓮様」と持ち上げていた取り巻きたちは、潮が引くように去っていく。大学内で湊が広めた悪評も手伝って、彼に同情する者は誰一人いなかった。プライドも、金も、居場所も、すべてを失った蓮は、安アパートの一室で茫然自失の日々を送るしかなかった。


そんな蓮の元へ、最後の望みを託して咲良が泣きついてきた。学校での孤立は日に日に深刻さを増し、今や彼女に話しかける者はいなかった。教師たちからも問題児として扱われ、決まっていた有名私大への指定校推薦も、当然のように取り消された。


「蓮さん、助けて! 学校でみんなに無視されて、推薦もなくなっちゃって…! もうどうしたらいいか分からないの!」

「うるさいっ!」


蓮は、すがりつく咲良を荒々しく突き飛ばした。その瞳には、かつての優越感に満ちた光はなく、苛立ちと絶望だけが渦巻いている。


「お前と関わってからロクなことがないんだよ! 親父の会社は潰れるし、大学はクビだ! 全部お前のせいだ! もう二度と俺の前に顔を見せるな!」


罵声を浴びせられ、ゴミでも見るかのような目で見下され、咲良はあっさりと捨てられた。呆然と立ち尽くす彼女の頭の中で、ようやく点と点が繋がり始める。

会社が倒産した蓮。学校で孤立した自分。そして、氷のように冷たかった慧の声。

このすべてが、偶然ではない。陽向を裏切った自分たちへの、計画された報復なのだと、咲良はそこで初めて理解した。


蓮との刺激的な関係は、所詮、彼の金と地位の上に成り立つ、脆い砂上の楼閣に過ぎなかった。自分が求めていたのは、本当にこんな男だったのだろうか。

ふと、陽向の顔が浮かんだ。いつも穏やかに笑い、自分の話をうんうんと頷きながら聞いてくれた。手作りの料理を「美味しい」と嬉しそうに食べてくれた。自分の夢を、誰よりも応援してくれた。

彼が与えてくれていた、無償の愛。当たり前だと思っていた、穏やかで温かい日常。それこそが、何にも代えがたい、尊い宝物だったのだ。失って初めて、咲良はその価値に気づいた。


震える足で自宅にたどり着くと、リビングでは両親が青ざめた顔でテーブルを囲んでいた。テーブルの上には、一通の封筒が置かれている。差出人は、『天野法律事務所』。陽向の父、誠司が所長を務める法律事務所だった。


「咲良! お前、なんてことをしてくれたんだ!」


父親の怒声が飛ぶ。母親は泣き崩れていた。

封筒の中身は、天野家からの正式な婚約破棄の通知。そして、陽向が受けた精神的苦痛に対する、高額な慰謝料を請求する内容証明郵便だった。そこには、弁護士である誠司の冷静かつ厳しい言葉で、咲良の不貞行為がいかに悪質であったか、そしてそれが婚約という契約に対する重大な違反行為であることが、法的な根拠と共に淡々と綴られていた。


「天野さんご一家に、私たちは顔向けができない…! 陽向くんに謝ってきなさい! …いや、もうお前の汚れた顔など、あの方々の前に晒すことすら許されないだろうが!」


両親からの罵倒は、咲良の心を抉った。この家にも、もう自分の居場所はない。勘当同然だった。

すべてを失った。友人、未来、そして家族からの信頼。自分の浅はかな行動が招いた結果のあまりの大きさに、咲良は打ちのめされた。


(陽向…、陽向に会って謝らなきゃ…!)


彼なら、優しい彼なら、こんな私でも許してくれるかもしれない。いや、許してくれなくてもいい。ただ一言、自分の口から謝罪の言葉を伝えたい。

咲良は、その一心で家を飛び出した。雨が降り始めていたが、傘を差す余裕もなかった。雨に打たれ、泥水を跳ね上げながら、彼女は最後の望みをかけて陽向のアパートへと走った。


アパートの前に着くと、息を切らしながら階段を駆け上がる。ドアの前に立ち、震える手で何度も何度もドアを叩いた。


「陽向! 陽向、いるんでしょ!? お願い、開けて!」


返事はない。それでも咲良は諦めず、インターホンを狂ったように鳴らし続けた。


「ごめんなさい! 私が、私が馬鹿だった! 全部私が悪いの! だからお願い、もう一度だけ、一度だけでいいからチャンスをください!」


涙と雨でぐしゃぐしゃになった顔で、彼女はドアにすがりつき、泣き叫んだ。自分の犯した罪の重さと、失ったものの大きさに、今さらながら気づいて慟哭した。

どれくらいそうしていただろうか。喉が枯れ、声もかすれてきた頃、ガチャリ、と重い音を立ててドアが開いた。


希望の光が見えた気がして、咲良は顔を上げた。しかし、そこに立っていたのは、彼女が待ち望んでいた優しい婚約者の姿ではなかった。


「お帰りいただけますか」


そこにいたのは、陽向の母、美咲だった。いつもは春の日だまりのように温かい彼女の瞳は、今は凍てついた冬の湖のように冷え切っていた。その目には、憐憫も同情も、怒りすら浮かんでいない。ただ、汚れたものを見るかのような、絶対的な無関心と拒絶だけがあった。


「あ…お、おばさま…! 私、陽向に謝りたくて…!」

「陽向はあなたには会いません。そうでしょう? これ以上、あの子の心を乱さないでいただきたいわ」


美咲の言葉は、静かだった。しかし、その静けさこそが何よりも恐ろしかった。


「あの子が、どれだけ深く傷ついたか、あなたには永遠に分からないでしょうね。あなたが陽向にしてきたこと、そして、あなたが陽向から奪ったもの。その罪の重さを、一生背負って生きていきなさい」


それは、母親としての、静かで最も残酷な宣告だった。


「二度と、あの子の前に現れないで」


ぴしゃり。

まるで世界から拒絶されるかのように、ドアは冷たく閉ざされた。

咲良は、その場に崩れ落ちた。もう叩く力も、叫ぶ声も残っていなかった。ただ、冷たい廊下の上で、声を殺して泣き続けることしかできなかった。

届かない謝罪。取り返しのつかない後悔。その全てが、冷たい雨に打たれ、排水溝へと虚しく流れていった。


その頃、アパートの自室の窓辺で、陽向はカーテンの隙間から階下の光景をただ無表情に見つめていた。泣き崩れる元婚約者の小さな背中。その姿を見ても、彼の心は不思議なほど凪いでいた。

背後から、そっと毛布が肩にかけられる。


「…寒いわよ、陽向。風邪をひいてしまうわ」


振り返ると、母の美咲が静かに立っていた。

陽向は何も言わず、ただ母の胸に顔をうずめた。家族という、何よりも強固で温かい城壁に守られていることを、彼は静かに実感していた。城壁の外で何が起ころうと、もう自分の心は揺れない。

ただ、失ったものの大きさを、静かに受け止めるだけだった。

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