最終話 ずっとそばに
朝。 コルヴァンのそばで目が覚めた。
「起きたか」
「コルヴァンさん」目が合い胸が高鳴る。 安堵感と幸福感が同時に押し寄せる。
「一旦戻る。 今日は配達はないな。 ゆっくり休むといい」
「はい」
コルヴァンが立ち上がり離れていく。
ついさっきまであった温もりが薄れていくのが少しだけ寂しかった。
「(私から言うのは……変かな……)」
ミレナはある決意を固めていた。 今言わなければきっと一生後悔する――そう直感した。
顔を洗い、着替えてキッチンへ向かう。
「(コルヴァンさんは休めって言ったけど、これがないと私たちの朝は始まらない)」
石窯に生地を入れて焼く。
しばらくするとコルヴァンが来た。
「休めと言ったのに」
「作りたくなっちゃって」少し照れながら答える。
向かい合って座る二人。 沈黙がしばらく続く。
互いに言葉を選びながら口を開くのを待っているようだった。
ミレナは拳をぎゅっと握り意を決して口を開く。
「結婚してください」「結婚しよう」
二人の声が自然に重なった。
「まさか君も同じ気持ちとは」コルヴァンは頬を赤らめる。
ミレナの涙があふれ、両手で顔を覆う。
そっと肩を抱くコルヴァン。
ミレナはかつて諦めかけていた幸せ、でも本当は欲しかった居場所――安心して安らげる居場所――それを今、大好きな人が叶えてくれたことに心が震える。
オーブンから漂う温かい香り、小鳥のさえずり、優しく抱きしめてくれる人の存在。
それだけで胸は満たされ言葉以上の幸福感に包まれた。
やがて落ち着き、二人で朝食をとる。
一口ごとに今日という日の喜びを噛みしめる。
食後、片付けをしながらも二人の距離は離れない。 洗い物をしながら手が触れるたび互いに微笑む。
小さなこと、日常のこと――それらすべてが特別な時間に変わる。
ソファに座りひと息吐く。
目の前のテーブルにはオルゴールが。
コルヴァンがゼンマイを回すとオルゴールは息を吹き返したように心地よい旋律を奏で出す。
ミレナはコルヴァンの肩に頭を預け「ずっとこうしていたいです」と言うと「今日は絵本作りを休もう」
コルヴァンの言葉に微笑みながらこくりと頷く。
言葉は少なくても手のひらを通じて伝わる想い。
こうして二人で迎える朝は日常の中の奇跡のように心に深く刻まれていく。
次の日。 二人は町の人たちへ報告に行った。
パン屋では――
「ミレナ、よかったね。 幸せになるんだよ」おばさんが涙ぐんでミレナを抱きしめる。
その横でおじさんはただ嬉し泣きをするばかりだった。
店に来ていた客や子供たちもおめでとうと声をかけてくれた。
花屋では――
「まあ! おめでとう!」エリサが祝福してミレナにそっと耳打ちする。「もしかしてあの花が後押ししてくれたのかしら」
ミレナは「そうかもです」と微笑んで言った。
町長の家では――
「アルディスもきっと喜ぶだろう」と涙ぐんだ。
後日アルーゼアへ行ったときには――
「そうかそうか、おめでとう」エルマンがにこやかに祝福してくれた。
コルヴァンの家でひと息吐く。
「時期を見てまたヴァルディアルへ行こう。 父上たちにも報告したい」
「はい」
「君がこっちに越してくるということでいいだろうか」
「かまいませんが、私の家、なんかもったいないですね」
ミレナは少し考えひらめいた。
「月に一度、パン作り教室を開くのはどうでしょう。 そして子供たちに絵本を読み聞かせるんです」
「いいアイディアだ」
微笑み合う二人。
「今度……指輪を買いに行こう」コルヴァンは頬を赤らめる。
「はい!」ミレナは嬉しさで目を輝かせた。
コルヴァンに肩を抱かれ、優しい空気の中で時間がゆっくり流れる。
「これからも、ずっと一緒ですね」ミレナはネックレスに手をあてた。
「ああ……ずっと、だ」
朝の光とオルゴールの旋律に包まれ、二人の胸には確かな幸福が満ちていた。
日常という奇跡の中で彼らは静かに、でも確実に未来へ歩き出す――ずっとそばに。
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