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【完結】魔法使いと隣のパン屋さん  作者: 禾乃衣


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第36話 湖畔の再会

 城を出てからしばらく。

 閑静な場所に着いた。 波の音が心地よい。

「ここから船で行く」

「船って……なにもないですよ」

 ミレナがキョロキョロ見渡すが船など一隻もない。

 すると老婆が杖をついて近づいてきた。

「……グリマズさん?」

「似ているが違う」とコルヴァン。


 老婆がコツンと杖をつくと大きな船ゆっくりと姿を現した。

 コルヴァンが差し出す手を握り中へ入ると部屋が二つ。

「一泊することになるからな。 ゆっくり休んでおくように」

「は、はい」

 部屋へ入り椅子に座り窓からの景色を見るミレナ。

「(アルディスさんが住んでるところはどんなところなんだろう)」


 コンコンとそこへ小扉をノックする音が聞こえた。

 開けてみるとコルヴァンだった。

「わっ、コルヴァンさん!」

「驚かせてすまん。 なにかあればこうしていつでも開けてくれ」

「はい」コルヴァンの優しさに心が温かくなった。


 途中で船から降りて昼食には海老やイカをほのかなハーブソースで和えたサンドイッチを、夕食にはミートパイを買って船内で食べた。


「眠くなったらいつでも寝ていいぞ」とコルヴァン。

 小扉から見えるコルヴァンの顔を見て落ち着く。

「しばらくここ開けてていいですか?」

「ああ」

 しばらく沈黙が続く。 二人の間には言葉を交わさなくても心地よい時間が流れていた。

 やがて景色は町から山々へと移り、薄暗い影が水面に揺れる。


 ゆらゆらと船に揺られながらコルヴァンの横顔を見ていたらだんだん瞼が重くなりミレナはそのままベッドへ身を預けた。


 翌朝。 窓から差し込む光でゆっくりと目を開けるミレナ。

 窓を覗くと美しい景色が広がっていた。

「きれい……」思わず声が漏れる。

 遠くに大きな屋敷が見えた。 湖畔に佇む屋敷。

「(もしかしてあのお屋敷がアルディスさんの……?)」


 コンコンと小扉をノックする音。

「開けていいか?」

「はい」

 コルヴァンと近い距離で朝を迎えてドキドキする。

「おはよう」

「おはようございます」

「眠れたか?」

「はい。 もうぐっすりでした」

 ミレナの返事に安心するコルヴァン。

「そろそろ支度しよう」

「はい」

 小扉を閉めて着替える。

 久しぶりにアルディスに会えることが楽しみでたまらなかった。


 湖畔に広がる穏やかな景色が胸に期待と安らぎを同時に運んでくる。


 船はゆっくりと湖を進む。 朝の光に水面がきらきらと反射し、遠くの山々の影が揺れる。 ミレナは窓に手を置き流れる景色をじっと見つめる。


 小扉をノックして開けてコルヴァンに話しかける。

「静かな湖で落ち着きますね」

「ああ。 波も穏やかだし朝のこの時間が一番きれいだ」

 コルヴァンの声は穏やかで耳に心地よく届く。

 横顔を見るといつもより少しリラックスしているように見えた。

 ミレナは小さく頷きながら期待と緊張が入り混じる気持ちを整理する。


 船の揺れが心地よくミレナの瞼また少し重くなった。 けれどアルディスに会えると思うと胸が高鳴り寝ることも忘れそうになる。

「……コルヴァンさん、あのお屋敷大きいですね」

「そうだな。 遠目に見ても威厳がある。 俺はあそこでしばらくアルディスと生活を共にしていた」

「じゃあコルヴァンさんのもう一つの故郷ですね」

「そうだな」コルヴァンの目が潤んだ。


 やがて湖畔が近づき屋敷の白い石壁が見えてきた。

「わあ……」思わず声が漏れる。 湖の水面に映る建物はまるで絵画のように美しい。

 コルヴァンも静かに窓の外を見つめ、しばらくの間言葉はなかった。


 二人は降りる準備をする。

「気をつけて降りるんだぞ」

「はい」

 手を取り合いながら船を降りる。 湖畔の空気は、湖の香りと山の緑の匂いが混ざり清々しい。 足元には小さな石畳が続き屋敷への小道へとつながっている。

「(もうすぐ……ドキドキする……コルヴァンさんはもっと楽しみなんだろうな)」

 ミレナはそう思いながら初めて見た二人のやり取りを思い出す。


 ミレナはわずかに手を握り直しコルヴァンの横顔を見上げる。

 コルヴァンも自然な笑みを浮かべ肩の力を抜いている。

 二人は言葉を交わさずとも互いの気持ちを少しずつ感じ取っていた。


 小道を進むうちに木々の間から屋敷の全貌がはっきりと見えてきた。 石畳の上には朝露が光り葉の間から差し込む光がゆらゆらと揺れる。 湖の水面も穏やかに反射し、屋敷の白い壁が朝の光にきらめいていた。


 やがて屋敷の正面玄関が見えた。 大きな木製の扉には精緻な彫刻が施され重厚な取っ手が光を反射している。

 門前には花壇があり色とりどりの花々が優雅に咲き誇っていた。


 手を握るコルヴァンの手にミレナは小さく力を入れる。 自然と背筋が伸び心の中の緊張と期待が入り混じる。


 扉の前まで来ると、船での揺れや湖の景色で柔らかくなった心がさらに静かに落ち着いていくのを感じた。 深呼吸を一つすると扉のノブに手をかけるコルヴァン。


「よし、行こう」


 ミレナも頷き扉の前で息を整える。 二人は同時に扉を押し開けると、淡い光に包まれた広いホールが現れた。

 天井が高く静謐な空気が漂う。


 そしてコツコツと靴音を響かせてこちらに向かってきたのは――

「待っていたよ」

 アルディスだ。


 懐かしい声に肩の力が抜けるミレナ。 過ごした日々は短いけれどアルディスとの思い出もまたミレナにとっては宝物だった。

 コルヴァンも安心したように肩を緩め少し笑みを浮かべた。


「お久しぶりです。 アルディスさん」ミレナは少し緊張しながらも礼儀正しく頭を下げる。

「よく来たね、ミレナちゃん」

 アルディスはコルヴァンに近づき「お前も」とコルヴァンの頭をなでる。

「だからやめろよそれ」照れるコルヴァン。


 アルディスの視線は優しく知性と経験を感じさせる。

 ミレナの心はふわりと軽くなりここでの滞在が素敵な時間になる予感がした。


「さあ、中へ。 朝食はもう少し後に用意しよう。 まずはお茶でも飲みながらゆっくりと話そうか」

 アルディスは二人を案内する。


 コルヴァンの隣でミレナは頷き、アルディスの案内で奥へと進む。 湖畔の静かな風景と屋敷の温かな空気が混ざり、ミレナの胸に穏やかな期待が静かに満ちていった。

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