第34話 ノヴァ家の兄弟と町歩き
次の日の朝。 朝食を終えるとミレナはコルヴァンと三兄弟と町へ出かけた。
コルヴァンはいつもより少し緊張した面持ちでミレナの手をそっと握る。
町に入ると、噂を聞きつけた人々が遠巻きに見守る。
「ノヴァ家のご子息だ」
尊敬の言葉にミレナは胸を高鳴らせながら歩く。
しかし、どこかから冷ややかな声も聞こえてきた。
「末息子が戻ってきたのか。 よくのこのこ顔を出せるものだな……」
コルヴァンは眉をひそめ言葉を返すこともできずに固まった。
その横でセリュスが静かに声をかける。
「気にするな。言いたい奴には言わせておけばいい」
コルヴァンはセリュスの言葉に少し肩の力を抜き深呼吸をする。
町の空気は緊張と好奇の入り混じったものだったが、兄たちの存在に支えられミレナは安心感を覚える。
ディオルグは落ち着いた笑みを浮かべ、町人に穏やかに挨拶をしながら歩く。
ある果物屋の前で、ムルヴァが思わず手を伸ばした瞬間果物の籠が少し傾きコロコロと小さな果物が地面に転がった。
「おっと!」
ディオルグがさっとかけより素早く拾う。
「気をつけろ、ムルヴァ」
「ごめんなさい」ムルヴァは頭をかきながら謝った。
コルヴァンは小さく笑い「……お前は変わらないな」と呟く。
夕暮れが近づく頃、ミレナたちはゆっくりと町を歩いた。
ミレナは心の中で呟く。
「(不器用だけど……やっぱり、この人たちといる時間は特別だ……)」
町のざわめきと温かい夕陽の光の中で、ノヴァ家の兄弟たちは少しずつ心をほどき互いに支え合う時間を楽しんでいた。
「少し休もう。 お前たち」
セリュスがコルヴァンとディオルグとムルヴァになにやら話している。
「じゃあ買ってくるね」とムルヴァ。
三人は店の方へ行った。
ベンチに座るミレナとセリュス。
「ミレナさん、向こうでのコルヴァンはどうだ?」
「穏やかに過ごしています。 コルヴァンさんが作る絵本は子供たちに大人気なんですよ」
それからミレナはこの一年での出来事を話した。
お祭りで一緒に絵本を売ったこと、それを機に町の人たちに馴染んでいったこと、初めて一緒にパン作りをしたことなど、どれもミレナにとっては宝物のような思い出だ。
セリュスはミレナの話を穏やかな顔をして聞いていた。
「ずっと気になっていたんだが、そのネックレス、もしかしてコルヴァンからか?」
「……はい」肩をすくめて照れるミレナ。
「あいつらしい丁寧な造りだ……」
その言葉には長兄としての静かな誇らしさが滲んでいた。
そそいて目を上げ、真っ直ぐミレナを見つめる。
「ミレナさん」
「はい」
「……コルヴァンのことをこれからも頼む」
硬すぎず、でもどこか不器用で胸の奥に直接届くような声音だった。
ミレナは思わず息を呑む。
胸の奥がじんと熱くなり自然と背筋が伸びる。
「もちろんです。 私が必ずそばにいます」
その返事にセリュスは静かに微笑みわずかに肩の力を抜いた。
ミレナの胸にはそっと温かい決意だけが残った。
「買ってきたよー」
ムルヴァが小さな袋を持って戻ってきた。
「ムルヴァ、走ったらこぼれるだろ」とディオルグ。
「腹でも減ったのか?」とコルヴァン。
三人が持っていたのは魔法栗をローストしたものだった。
「久しぶりにお前たちと食べたくなってな。 ミレナさんも」
セリュスに袋を差し出されて受け取ると温かかった。
「ありがとうございます」
「コルヴァンは子供の頃からこれが好きなんだ。 食べるとほのかに体が温かくなる魔法がかけてある」
セリュスの言葉に照れるコルヴァン。
「美味しい! あったかいです」
美味しそうに食べるミレナの横で微笑むコルヴァン。
「コルヴァン、子供の頃これ食べすぎてよく母上に叱られてたよね」とムルヴァ。
「好きなんだから仕方ないだろ」と拗ねるコルヴァン。
笑い合う兄弟たちを見ながら「(……家族っていいな……)」ミレナは静かにやり取りを見守った。
しばらくして「さて、そろそろ帰るか」とセリュスが言うと、コルヴァンは少し名残惜しそうに魔法栗の袋を握る。
「……また、来ればいいか」と小さく呟いた。
「そうそう。 またいつでも来ればいいさ」とムルヴァ。
「次はコルヴァンのおごりだぞ」とディオルグ。
町を後にする兄弟たちの背中を見ながらミレナはそっと呟いた。
「(これからもみんなで笑って過ごせる時間が続きますように……)」
夕陽に染まる町並みを背に、ノヴァ家の兄弟とミレナ、コルヴァンの穏やかな一日が静かに終わった。




