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【完結】魔法使いと隣のパン屋さん  作者: 禾乃衣


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33/43

第33話 少しづつ心がほどけて

 次の日の昼。 朝、市場で買ってきたフルーツを使ってパンを作ることにしたミレナ。

 そこへムルヴァが来た。

「俺も作りたいなー」入口からひょっこり顔を出す。

「コルヴァンさん、いいですよね?」

「……まあ、いいだろう」

「やったー! パン作りって初めてなんだよね」

 ミレナに教えてもらいながら生地をこねるムルヴァ。

「二人は恋人同士?」

 ムルヴァの言葉に手が止まるミレナとコルヴァン。

「あれ? 違った? アルディス様やフェルからの報告じゃそう聞いてるけど」

「なら聞くなよ」コルヴァンが低く呟いた。

 ミレナは顔を赤くし、パン生地をこねる手に力が入る。


 そこへ廊下から声がした。

「お前は余計なことばかり言う」

 姿を見せたのは次兄ディオルグだ。 落ち着いた仕草で椅子に腰をかける。

「それより、どんなパンを作っている?」

「今日はベリーをたっぷり使ったフルーツパンです。 焼けたら一緒にどうですか?」

 ミレナが言うと、ディオルグの鋭い目が一瞬だけ柔らかくなった。

「……いただこう」


 パンが焼き上がり、テーブルに並ぶ。

 ムルヴァは出来立てをほおばって「甘くておいしい!」と子供のように喜んだ。

 ディオルグはゆっくり噛みしめ「悪くない。 だがもう少し香辛料を効かせても面白い」と冷静に評価する。

「香辛料入れたらセリュス兄様が食べられないよ。 刺激のあるもの苦手だから」とムルヴァ。

「そういえば子供の頃、コルヴァンがおもしろ半分でフェンリカを振りかけた肉をセリュス兄様が食べて吐き出してたな。 コルヴァンはそれ見て大笑いしてたぞ」とディオルグ。

「そんなことあったか?」コルヴァンは少し眉をひそめる。

「お前はまだ小さくて覚えていないのも無理はない……セリュス兄様はお前のこと可愛がってたし怒りもしなかった」

 ディオルグが静かに言うと、ムルヴァがクスッと笑った。

「俺は覚えてるよ。 セリュス兄様、真っ青な顔して水をがぶ飲みしてた」

「……やめろ。 食事中だ」コルヴァンは不機嫌そうに言ったがその口元は微かに緩んでいた。

 ミレナはそんな兄弟たちの姿を見て、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じた。

「(不器用だけど、やっぱり仲がいいんだ……)」


 ちょうどそのとき背後から声がした。

「……その通り。 今でも香辛料は苦手だ」

 振り向くと入口にセリュスが立っていた。 淡い光を背に青い瞳が静かにこちらを見ている。

「セリュス兄様!」

 驚くムルヴァに、セリュスはわずかに口元を綻ばせる。

「……だが、パンは美味そうだな。 少し分けてもらおう」

 セリュスはコルヴァンの隣に座ると「食べていいか?」と聞く。

「ああ」と照れくさそうに返事をするコルヴァン。


 兄弟たちを見てミレナは思う。

「(セリューネさんは、兄たちはコルヴァンさんの力を恐れて距離を置くようになったって言ってたけど……きっかけがなかっただけなのかも……)」


 空気が和み、ぎこちないけど笑い声が広がるこの光景をいつまでも見ていたいと思った。



◇コルヴァン・セリュスside◇

 夜。 コルヴァンの部屋にセリュスが来ていた。

「いい子じゃないか。 ミレナさんといったか」

「ああ……俺にはもったいない」

「そんなことはない……あの子はお前の隣に立つにふさわしい」

 コルヴァンは目を見開いた。 驚きと少しの戸惑いが混じる。

「昔の俺なら言えなかっただろうな」セリュスは自嘲気味に笑った。

「お前の力が恐ろしかった。 周りを巻き込み俺たちをも壊してしまうんじゃないかと……そう思っていた」

 コルヴァンは沈黙する。 セリュスの言葉が胸の奥に刺さる。

「だが今日、笑ってパンを分け合うお前を見てようやく気づいた。 俺が避けていたのは力ではなく……お前と向き合う覚悟のなさだったんだ」


 セリュスは椅子に深く座り低く息を吐いた。

「家を背負う長兄として強くあらねばならない……だが弟と笑うことすら怖がっていた……本当に弱かったのは俺の方だ」

「兄さん……違う、弱いのは俺の方だ。 孤独になりたくなくて友を求めて裏切られノヴァ家の顔に泥を塗ってしまった……本当に申し訳ないことをした……ずっと謝りたかった……」


 俯くコルヴァンの肩にそっと手を置くセリュス。

「お前は優しい……もう気にするな。 お前は自慢の弟だ。 ディオルグもムルヴァもそう思っている。 たまには帰ってこい。 ここはお前の家なんだから」


 思いもよらぬ言葉に胸の奥が熱くなる。

 コルヴァンはしばし黙り、やがて小さく頷いた。

「ありがとう……兄さん」


 しばらく二人は沈黙のまま夜の静けさを共有した。

 窓の外には月が柔らかく光を落とし、部屋の影をゆらりと揺らしている。

「……兄さん、これからはちゃんと帰ってくるよ」

「ああ、待っている」


 互いに言葉は少なかったが、胸に温かいものが満ちていく。

 過去のわだかまりも恐れも少しずつ溶けていった夜だった。

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