第31話 魔法の国で交わる想い
重厚な門が静かに開き、ヴァルディアルの世界へ足を踏み入れた。
朝日を受けて輝く城内の石畳。 ひんやりとした石の感触が靴底に伝わる。
花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが微かに漂う。 遠くには噴水が静かに水をたたえ、朝日の光を受けて水がきらきらと反射している。
ミレナは思わず息を呑む。 胸の奥がじんわり熱くなるのを感じ、同時に小さな緊張が背筋を走った。
――ここがコルヴァンさんの育った国。
石畳に足を踏み出すたび、周囲の静寂と威厳が心にずしりと響く。 けれど、隣で差し出されたコルヴァンの手に触れると、安心と勇気が混ざり合い少しだけ胸が軽くなるのを感じた。
入口に立っていたのは――
「(フェルさん!)」
フェルは片膝をついたままコルヴァンに敬意を表し「お待ちしておりました」と低めの声で告げる。
ミレナは思わず目を見張った。 家で見せていた無邪気で陽気な姿とはまるで別人だ。
「(フェルさん……だよね……?)」
コルヴァンは微笑み軽く頭を下げる。
フェルは膝を立て直して丁寧に応じる。
呆然とするミレナ。
部屋へ案内され、他の従者たちに「下がってよい」と告げたフェルは扉を閉めると「よく来たな〜〜〜」と陽気な声でミレナの背中を軽く叩いた。
「やっぱりフェルさんだ……」
「ん? 別人かと思ったか? 惚れるなよ」ニヤリとするフェルの頭をコツンと叩くコルヴァン。
「冗談冗談。 食事会まで時間がある。 ゆっくり休んでおけ」
「しょ、食事会ですか」
「嬢ちゃん、そんな緊張することないって。 セリューネ様も嬢ちゃんに会えるの楽しみにしてたぞ」
「セリューネ様?」
「コルヴァンの母上様だ」
途端にさらに緊張してきて俯くミレナ。
「ミレナ」
コルヴァンの呼ぶ声に顔を上げるとそっと肩に手を置かれ少し落ち着いた。
「フェル、食事会は昼だったな。 それまでミレナを町へ案内したい」
「ああ」フェルは扉を開けて二人を門へと案内した。
町を歩くミレナとコルヴァン。
「朝早いのに人が多いですね」
「ここは市場だ」
「(魔法使いの市場!)」と目を輝かせていると「なにか欲しいものはあるか? 新作のパンの材料になるものとか」
「そういえば最近、新作のパン作ってませんね……これなんですか?」ミレナが興味を示したのは真っ赤な果実。
「それはルミアベリーといってヴァルディアルにしか実らない果実だ」
ミレナはルミアベリーを一つ手に取り「いい匂い……小さく切ってトッピングもいいけど潰してジャムにしたらもっと美味しそう」と職人モードに入る。
そんな彼女の横顔を見ながら微笑ましくなるコルヴァン。
ルミアベリーを10個買い、町を散策して城に戻った。
昼。 着替えをすることになりメイドたちに仕度を手伝ってもらうミレナ。
ドレスを着て髪を整えると「そのネックレス替えましょうか」とメイドが言うが「いえ、これはこのままで」とネックレスに手をあてる。
コルヴァンからもらったネックレスは今日もじんわり温かい。
仕度が整いコルヴァンが来た。
目が合い沈黙する。
「(コ、コルヴァンさん……かっこいい)」
コルヴァンはミレナの前に立つ。 深い青の上着に銀糸で繊細な模様が刺繍され胸元の家紋が柔らかく光を反射していた。
ミレナは思わず息を呑む。 いつもの隣人ではなく、堂々とした魔法使いの青年――気高さと端正さに胸がざわりと揺れる。
それでも隣で差し出された彼の手に触れると、不思議と緊張が和らぎ心が少しだけ落ち着く。 威厳に満ちた佇まいと優しく見守ってくれる存在感――その両方が同時に胸に響いた。
「ミレナ」
コルヴァンの呼ぶ声にハッとする。
「その……きれいだな……似合ってる」
ミレナは顔が赤くなり俯き「ありがとうございます」と小さく言った。
「イチャイチャはその辺にして行くぞー」
フェルの声に振り向くミレナとコルヴァン。
ミレナは心の奥で小さな覚悟を決め、食事会へ向かった。
食事会場へ入ると、テーブルには4人分の銀食器が並べられていた。
「(コルヴァンさんのお父さんとお母さん……)」
ヴァルドの威厳とセリューネの気品あふれる姿に息を呑む。
「ミレナだ」とコルヴァンから紹介を受けて「初めまして。 ミレナと申します」と少々震えながら挨拶する。
「アルディスやフェルから聞いている」とヴァルド。
「そんなにかしこまらないで。 今日は楽しい食事会にしましょう」と笑顔で言うセリューネ。
ミレナとコルヴァンが席につくと、ヴァルドがゴホンッと咳払いをして「元気だったか」と聞く。
「ああ」と短く返事をするコルヴァン。
そんな二人を穏やかな顔で見守るセリューネ。
息子の帰りを喜ぶ親の姿……ミレナはそんな光景を目にして肩の力が抜けた。
セリューネは微笑みながら、柔らかな光をたたえた瞳でミレナを見つめる。 その視線にミレナの胸は不思議と落ち着きを取り戻した。
「絵本を作ってるそうだが上手くやれてるのか?」とヴァルド。
「ああ、ミレナに手伝ってもらってるからな。 彼女のおかげで捗るようになったよ」
コルヴァンの話を聞いて目を見開くヴァルドとセリューネ。
その表情は親として息子の成長を心から喜んでいるようにミレナには見えた。
やがてデザートが運ばれてくる。
「ルミアベリーのタルトよ。 お口に合うかしら」
とセリューネ。
「ルミアベリー……」
「あら知ってるの?」
「今朝コルヴァンさんに案内してもらった市場で買ったんです」
「ミレナはパン作りが得意なんだ。 今度新作のパンにルミアベリーを使おうかと」
「まあ! ルミアベリーのパン! ぜひ食べてみたいわ。 ねぇあなた」とセリューネはヴァルドを見ると彼は頷いた。
ミレナは顔を赤くして俯いていると「機会があればな」とコルヴァンが言った。
そしてセリューネが作ったルミアベリーのタルトを食べ終えひと息吐くとコルヴァンとヴァルドは別室へ移動した。
セリューネと二人になり緊張するミレナ。
「ミレナさん」
「はい!」セリューネの呼ぶ声に背筋がピンとなる。
「ありがとう。 あの子のそばにいてくれて」
それからセリューネの話を黙って聞く。
ヴァルドは父である前に王としての責務を優先してコルヴァンに愛情を注いであげられなかったこと、コルヴァンの力が強大すぎて兄たちさえ恐れをなして距離を置いていたこと、臣下たちもまたコルヴァンに近づこうとはしなかったこと、そして孤独になった我が子の苦しみに寄り添えなかった親の不甲斐なさ……。
「アルディスからあなたとのことを聞いたとき嬉しかったの。 たった一人でも信じてくれる人がいるということは世界を輝かせてくれる」
「私も……私もコルヴァンさんに出会えて世界がキラキラしてます!」
セリューネは笑顔になる。
「それで、いつなのかしら」
「え?」
「今日は結婚の報告に来たのでしょう?」
「え」
「え」
「「……」」
「あら、まあ、私ったら早とちりしちゃった」と照れ笑いするセリューネ。
そこにコルヴァンとヴァルドが戻ってきた。
「ミレナ、顔赤いぞ。 どうした?」
「え、あ、なんでもないです」
ちらっとコルヴァンの顔を見ると、先程よりも表情が和らいでいるように見えた。
「(よかった……)」
コルヴァンが両親に大事にされているとわかり心の底から安堵した。




