第3話 ちょっと不思議な朝のはじまり
もうすぐ日が差し込みそうな空。 ミレナは昨日より早く目が覚めた。
ぐっすり眠れたせいか気分爽快。 着替えてキッチンへ向かいコーヒーを飲もうと湯を沸かす。
ほっと一息ついていると朝日とは明らかに違う淡くきらめく光が差し込んできた。
なに!?と思い窓の外を見ると、たくさんの本に囲まれて空を仰ぐコルヴァンがいた。 本がめくれる音はまるで音楽のよう。
「(これって……魔法?)」
お隣さんは魔法使いだということに実感が湧いた。
コルヴァンが自室に向けた指から光がほとばしり、風にめくられるようにたくさんの本が吸い込まれていく。
「(あの本、魔法に関する本なのかな)」
気になってじーっと見てるとミレナの視線に気づいたのかコルヴァンがこちらに向かってきた。
「あ、えっと、覗き見るつもりは……ごめんなさい」
「かまわん。 別に隠すことでもないしな」
「さっきの本、もしかして魔法の本ですか?」
「あれは絵本だ。 100年先も色褪せないように魔法をかけていた。 この時間帯が魔法が一番冴えるからな」
「絵本ですか」
するとコルヴァンは自室に指を指して絵本を一冊こちらに引き寄せミレナに渡した。
「え、くれるんですか?」
こくりと頷くコルヴァン。
「(欲しそうに見えたかな。 まあいいや。 せっかくだからもらっちゃお)」
絵本を受け取り「ありがとうございます」とお礼を言った。
もらった絵本を部屋に置いてからパン作りに取り掛かろうとしたが気になってページをめくると……
「わぁ」と思わず感嘆の声が漏れた。
そこに描かれていたのは美しい色合いの絵。
見てるだけでいろんな想像が膨らみそうだった。
もっと見ていたかったがパンを作った後のお楽しみにとっておくことに。
コンコンとコルヴァンの家のドアをノック。
「デニッシュです。 あとこれスープです。 絵本のお礼に……あの、絵本すごくきれいで感動しました! あんな素敵なものいただけるなんて嬉しくて」
「ああ、ありがとう」
素っ気ない返事だがミレナは不思議と嫌な気分にはならなかった。
とにかく早く絵本の続きが読みたくて「では失礼します」とぺこりと頭を下げ足早に部屋へ戻っていった。
パン屋へデニッシュを配達するのは週3回。
今日はこれから自由時間なので思う存分絵本の世界へ浸れる。
ぐぅ〜。
ミレナの腹時計がお昼を知らせた。
「やだもうそんな時間!」
なにか作ろうかとキッチンへ向かおうとすると玄関の方からコンコンとノック音がした。
ドアを開けるとそこにはパン屋の奥さんが。
「おばさん!」
「ミレナ! なにか困ったことはないかい?」
「今のとこ大丈夫だよ。 ありがとう」
「はい、差し入れ」
「わあ! これ好きなやつ!」
大好物のかぼちゃのパイに嬉しくなる。
「なにかあったらちゃんと相談するんだよ」と奥さんはミレナを抱きしめて店に戻っていった。
忙しいのにこうして来てくれたことに目が潤む。
そしてその後もちょくちょく訪問者がミレナのところへ来る。
花屋のお姉さん、酒屋のご主人、ミレナが作るデニッシュをいつも楽しみにしてくれる子供たち。
町のみんなに大事にしてもらってることに感謝した。
ふと、また絵本が読みたくなって部屋に戻る。
見ていると不思議と心が温かくなり寂しさも薄らいでいく気がした。
「寂しい……やだ私ったらまだそんなふうに思ってるなんて……こんなに町のみんなに大事にしてもらってるのに」
小さい頃、絵本を読み聞かせてくれた父親との記憶がよみがえり胸がきゅっとして、ぽっかり空いた心の穴を埋めるかのように絵本をぎゅっと抱きしめていつの間にか寝てしまった。 涙を拭う前に……。
◇コルヴァンside◇
「絵本すごくきれいで感動しました! あんな素敵なものいただけるなんて嬉しくて」
ミレナの明るくて素直な言葉を思い返すコルヴァン。
デニッシュと一緒に届けられたスープを一口飲む。
朝の冷たい空気に包まれた体が少しづつ温まっていく気がした。
昼。 いつものように作業していると町長が来た。
「ん? なんだ料理でもしたか?」
キッチンにあった鍋を見つけて聞く。
「ああ、それは今朝ミレナが持ってきたスープだ。 絵本のお礼に」
「ほう」
「なんだ」
「美味かったか?」
「ああ」とそっぽを向くコルヴァンを見てにこりとする町長。
窓の外に目をやるとミレナの家にやたらと人が来ていることに気づく。
「まただ」
「なにがだ?」
「隣だよ。 今日はやたら訪問者が多い」
町長も窓の外に目をやると「ああ、心配して来てるんだな」
「ずいぶん慕われてるんだな」
「まあ、そうだな」
言いたいことがあるなら言えと言わんばかりのコルヴァンに町長は語り始める。
「実はな、ミレナはパン屋に置き去りにされた子なんだよ」
「…………」
「あれはミレナが6つの時だった」
町長の話によると、父親とパン屋に来ていたミレナは混んでいた店内に置き去りにされ、パン屋の夫婦が気づいたときには店の隅っこで泣いていたそうだ。
夫婦は町のみんなと協力して父親を探したが見つからずミレナを我が子同然に育てた。
「そうか……」
話を聞いたコルヴァンは無意識に拳を握りしめ窓越しにミレナの家を見て胸が締めつけられた。
指先を作業部屋に向けて一冊の絵本を引き寄せる。
「お、くれるのか?」
「違う」
絵本を見つめてミレナの笑顔が脳裏に浮かぶコルヴァン。 なぜか放っておけない気持ちが湧いた。
「不器用なのは師匠譲りってか」
町長の言葉は耳に入らず絵本を強くつかみミレナの家を見つめていた。