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【完結】魔法使いと隣のパン屋さん  作者: 禾乃衣


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第28話 知らない顔 知る日

「(昨日はびっくりしたなぁ)」

 朝、焼き上がったパンを袋に詰める。

「(でも……フェルさん悪い人ではなさそう)」

 陽気に話していたフェルを思い出してくすりと笑う。


 コルヴァンの家のドアをノックすると「おはようさーん! 配達ご苦労さん。 さぁさぁ入って入って」

 朝からテンション高めのフェルが出迎えてくれた。

「ちょうどなにか食べたいと思ってたところにいい匂い! コルヴァン、嬢ちゃん来たぞー」

「わかったから座れ」


「んまっ! 焼き立ての香ばしさとこのふわふわ感……! 嬢ちゃんあんた天才だな」

「そんな大げさな」照れるミレナにフェルは満足そうに頷きながら次の一切れへ手を伸ばす。

 はぁと息を吐くコルヴァンの横で「賑やかな人ですね」と言うミレナ。

「昔からこうなんだ。 朝から騒がしくてすまんな」

「いえ、私はぜんぜん」


「お二人さんは付き合ってどれくらいなんだ?」

 フェルの突然の質問に吹き出しそうになるミレナとコルヴァン。

 ミレナは顔を赤らめて俯いてるとコルヴァンが「夏あたりからだ」と答えた。

「ほう、じゃあ今が楽しいときだな」ははははとパンをもぐもぐ食べるフェル。


 朝食が済むと絵本作りに取り掛かるミレナとコルヴァンを見てフェルは「なになに?」と興味津々に作業部屋についてきた。

「ここで絵本作ってるんですよ」とミレナ。

「へぇ、見ていいか?」

「見るだけだぞ」とコルヴァン。


「この色合いどうでしょうか」

「悪くない。 そこは……そうだな、君の好きな温かい色にしてみたらどうだろう」

「いいですね」

 和やかな空気の中で作業が進み、仲睦まじいミレナとコルヴァンを見て微笑むフェル。

 ゴホンッと咳払いをして「あー、俺もなにか手伝いたいなぁ」

「これはミレナと二人でやる作業だ」

「そうかいそうかい」とどこかつまらなそうなフェルを見たミレナが「あ、インクもうすぐ切れそうです。 買いに行かなきゃ」と言うとフェルの顔がぱぁっと明るくなり「じゃあ俺が! あ、でも道わからん。 嬢ちゃん道案内してくれ。 コルヴァン、嬢ちゃん借りるぞ」

「えー!」

 フェルに強引に連れていかれるミレナ。

「ハァ……」作業部屋には溜め息を吐くコルヴァンが残された。


 町まで行く道すがら。

「コルヴァンが絵本作ってることはちらっとアルディス様から聞いてたんだ」とフェル。

「(アルディス様?……アルディスさんて偉い人なのかな)」少々首を傾げながらもフェルの話を聞いた。

「ほんっと、あいつ変わったなー」

「前は違ったんですか?」

「いつも冷静沈着、誰も寄せつけなかったよ……でも……」

 笑っていた口元がふととまり、視線が遠くをさまよった。

「友達、欲しかったんだろうな」と切ない目をして言った。

「それってどういう……」

「嬢ちゃんはコルヴァンがこっちに来たきっかけは知ってるのか?」

「はい、友達に裏切られてって」

「ああ。 でもな、そももあいつは一族から離れたがってたところもあった」

「……一族って?」

「ああ、そこはあいつから聞いてなかったか。 まぁいずれ話してくれるさ」

 「(……コルヴァンさんにはまだまだ私の知らない顔があるのかな)」

 ミレナは聞きたい気持ちをぐっと抑えた。



◇コルヴァン・フェルside◇

 作業が終わり、ミレナが家に帰った後のことだった。

「お前、嬢ちゃんに一族のこと話してないらしいな」

「ミレナには関係ない。 まさか話したのか?」

「話してない。 が、お前がずっとここにいるとなるとな……」

「別にいいだろ。 もう俺はノヴァ家とは関係ないんだ」

 コルヴァンの瞳は微かに揺れていたが言葉には迷いがなかった。

「それでも……お前がここにいられるのはアルディス様だけじゃない。 ヴァルド様も動いてくれた。 立場上表に出せないが息子を守ってたんだ」

「……」

「驚くのも無理ないわな。 ちなみにアルディス様をこっちに来させてお前を助けるように言ったのもヴァルド様だ。 その時それならこの町にとアルディス様がここに住めるように整えたんだ。 お前はちゃんと大事にされてるぞ」

 フェルの話を聞いて今まで支えてた何かが取れたような感じがした。

「だからこそ、嬢ちゃんのこともちゃんと話したほうがいいと俺は思う」

「……ミレナに話したら面倒な男だと思われないだろうか……」

「思わん思わん」

「なぜわかる」

「嬢ちゃんがお前のことを大事に想ってるからだ。 見てればわかる」

 腕組してうんうんと自信あり気に話すフェルを見て「……お前は相変わらずだな」コルヴァンの瞳にわずかな微笑みが浮かぶ。 フェルの陽気さに心の緊張が少し解けた。


 少し黙った後、コルヴァンは小さく呟いた。

「……あり、がとう」

 フェルの目が点になり驚きながらも「お、おう」と答える。


 コルヴァンは窓の外の街を見つめながら、これからの道筋を思い描いていた。

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