第27話 思わぬ訪問者
コルヴァンに誕生日をお祝いしてもらったその夜、ミレナは夢を見た。
ふわふわ体が浮いて不思議と温かななにかに包みこまれている感覚……まるでこの先なにがあっても大丈夫だよと夢は伝えているかのように思えた。
翌朝。 いつものようにパンを焼く。
生地をこねる手のひらにまだ夢の温もりが残っているようで思わず胸のあたりを押さえた。
そこには昨夜コルヴァンから贈られた小さなネックレスがある。 指が触れた瞬間、夢のやわらかいぬくもりと重なって胸の奥がじんと熱くなる。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
パンの焼ける香ばしい匂いがキッチンに広がった頃、玄関ドアのノック音がした。
「いい匂いだ」
開けるとコルヴァンが穏やかな顔をして立っていた。
その姿にミレナの胸はまた温かさでいっぱいになる。
「コルヴァンさん、おはようございます。 お腹空きましたか?」
「いや、今朝は冷えるからな。 君を歩かせては悪いと思って」
「そんな」
今日はパン屋への配達でどのみち外に出るのだが、コルヴァンの気遣いに嬉しくなった。
パンが焼けて一緒に朝食をとる。
「昨日のこと……夢みたいでした」
ぽつりとこぼした言葉にコルヴァンの手が一瞬止まる。
そして彼はミレナの首元にちらりと視線を落とし低く答えた。
「……夢じゃない」
その一言に心がまた温かくなった。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ」
コルヴァンに見送られてパン屋へ行く。
「おはようミレナ。 ……ん?」
おばさんが早速気づいた。
「そのネックレスきれいだねぇ。 もしかしてコルヴァンさんからのプレゼント?」
「あ、うん……誕生日にもらったの」
顔を赤くしながら言うと「よかったね」と言ってもらえて嬉しくなった。
帰り道。 もうすぐ家に着く頃。
「ニャー」
後ろを振り向くと一匹の猫がいた。
濃いグレーの毛並みに黄色い瞳をしていて不思議とミレナはほっとけない気持ちになった。
「飼い猫かな……でも首輪はしてないし……」
「ニャーニャー」と猫はまるで抱っこしてとでもというように鳴いて、ミレナが胸に抱き寄せると小さく喉を鳴らした。
「……かわいい」
そんなやり取りに帰り道の冷たい空気が少しだけ和らいだ気がした。
「こんな寒い中にいたら凍えちゃう。 後で町の人たちに相談してみよう」
とりあえず猫を抱えて帰ることに。
今日はこのままコルヴァンの家で一緒に絵本作り。
ノックするとドアを開けたコルヴァンの目が猫をとらえた瞬間――表情が固まった。
「あの、この猫ちゃん寒そうだったので……」
「猫ちゃん、だと?」
コルヴァンの目は一瞬たりとも猫から離さずひょいと持ち上げ思い切り睨んだ。
彼の全身からはまるでものすごい圧があふれていて猫がダラダラと冷や汗をかいているかのようにミレナには見えた。
「コルヴァンさん、どうしました? 」
すると猫は「ニャー!」と叫び次の瞬間なんと人の姿になった。
ミレナは驚きのあまり声が出ない。
「いやぁ〜寒かったわ〜。 嬢ちゃんに拾われてなかったらマジで凍え死んでたわ。 とりあえず暖とらせてくれよ」とがたいのいい青年は家の中に入ろうとするが、コルヴァンが彼の肩をつかんだ。
「なにしに来た」と顔を近づけて睨む。
「それをこれから話すから中に入れてお願い」
「ミレナ、大丈夫か?」
コルヴァンの声ではっと我に返り「はっ、猫が人に、人に」
「ああ、とりあえず中に入れ」
「嬢ちゃん、さっきは驚かせてごめんな。 俺はフェル。 こいつとはガキの頃からの付き合いだ」
「お友達ですか?」
「フェルは俺の従者だ」とコルヴァンが言う。
「従者……」
ミレナの声にはまだ驚きが残っている。
「それにしても驚いたわ〜。 すっかりこっちの生活に馴染んでるな」とフェルは家の中を見渡しながら言う。
「さっさと言え」
急かすコルヴァンを見て頭を掻いて「まぁ、おせっかいだとは思ったんだけどな、ガキの頃からお前を見てたしほっとけないっつーかなんつーか」と口ごもるフェル。
「なんなんだよ」
「その、あれだ。 ヴァルド様はお前を見捨てたわけではない!」とフェルは膝をパチンッと叩いて言った。
その時コルヴァンの目が大きく見開いて、ミレナはその横顔を見ていた。
「ヴァルド様って」
「俺の父親だ」
フェルは話を続ける。
「いつだとははっきりわからないが、お前はいずれ向こうに帰れるぞ! 喜べ!」ははははと陽気に笑うフェル。
豪快に笑うフェルの横でミレナの表情はすっと曇った。
「コルヴァンさん……いつか帰っちゃうんですか」
「俺は帰らない。 ずっとここにいる」
コルヴァンが優しく言いミレナの手を握る。 その優しい声に胸のつかえがふっとほどける。
「ん? ん?」ミレナとコルヴァンを見て目が点になるフェル。
「お前たち、もしかしてそういう仲なのか?」
「ミレナは俺の大切な人だ。 ここを離れるつもりはない」
コルヴァンの優しい眼差しに安堵するミレナ。
そんな二人の様子を見てフェルは小さく呟く。
「ならなおさら帰らないとだろ」
穏やかな笑みを浮かべて二人を見守っているかのようだった。




