第24話 心に響く限られたひととき
朝。 ミレナの家。
コルヴァンと一緒に朝食の焼き立てのデニッシュを食べる。
「リディアさんとリオネルさん、もう少しだけエルマンさんのところにいさせてもらえるようになってよかったですね」
「ああ。 リディアが父親に駄々をこねたらしい」
リディアの駄々をこねる姿を想像してクスッと笑うミレナ。
朝食を済ませて片付けが終わると「行くか」とコルヴァンが言う。
今日はアルーゼアに行く日だ。
アルーゼアに着き広場を通ると子供たちが集まっていた。 その中心にいた人物は――
「リディアさん!」
ミレナの声に気づき手を振るリディア。
リディアは子供たちに絵本を読み聞かせていたところだった。
「今日はこれでおしまいよ。 また今度ね」
リディアが言うと子供たちは「ありがとう!」「また読んでね!」と言い広場で遊び始めた。
三人でエルマンの本屋へ行く途中、リオネルを見かけた。
「あらあら、ごめんなさいね」
「おっと、あっちにも」
おばあさんが落としたりんごを拾ってあげていた。
「ほんと、ずっとここにいられたらなぁ」リディアがふと切なげに呟く。
「ずっとは無理なんですか?」とミレナ。
「無理ね。 お父様が許してくれないわ。 ここに来たのはちょっと人間の世界を見たくなったからなの。 それでお祖父様の古い友人のエルマンさんを頼って少しの間だけっていうことで許してもらったの」
「リディアさんとリオネルさんがいなくなると寂しくなっちゃいますね」
「まぁずっと会えなくなるわけじゃないし。 ミレナも私たちの国に……ってそれは無理か」
「人間が魔法使いの国に行ってもいいんですか?」
「駄目ってことはないけどよっぽどの理由がないと行けないわね。 私は人間を気軽に誘えるほど権力はないからコルヴァンなら……」
「コルヴァンさんて権力あるんですか?」
「あーっ、まぁそれは置いといて」
リディアに濁されて色々聞きたいことはあるが本屋に着いたのでまたの機会にすることに。
扉を開けると来客中だった。
なにやら真剣な顔をして小箱を見てるエルマン。 リディアたちに気づく。
「おかえり」
「ただいま。 なに? その小箱」
「これはこちらの方のものだよ」
「お嬢さんたち、こんにちは」
おばあさんがにこりと挨拶する。 その笑顔から物腰の柔らかさが伝わってくる。
「これ、オルゴールなんだけどね、昔魔法使いにもらったものなのよ」
おばあさんの言葉に驚く一同。 驚くのはそれだけではなかった。
「ここ見てごらん」とオルゴールの裏を見せるエルマン。 それは魔法使いにしか読めない文字だった。
「ルシドール……ってお祖父様!?」
「たっだいまー! いやぁ、いいことすると気持ちがいいね〜」意気揚々とリオネルが帰ってきた。
「リオネル! こっち来て!」
「なんだよ」
「ほらここ、お祖父様の名前が書いてある」
「なんだこれ。 お祖父様が趣味で作ったものじゃないか?」
「そうじゃなくて、こちらの、えっと……」
リディアに気づいたおばあさんが「セレナよ」と名乗る。
「セレナさんが持ってたのよ。 昔魔法使いにもらったんだって」
「えー! お祖父様、こっちに来たことあったのか」
なんだかすごいところに居合わせてしまったと顔を見合わせるミレナとコルヴァン。
しばらく話を聞くことに。
「私はルシドールとは昔からの付き合いだが人間の世界に行ったことは聞いたことがないな」とエルマン。
エルマンの話を聞き、リディアとリオネルの驚く様子を見ていたセレナが「実はね……ルシドールさんは私の初恋の人だったのよ」と少し赤くなりながら言った。
リディアは思わず「えっ……!」と声を漏らす。
リオネルも「まじか……」と小さく呟いた。
セレナがオルゴールを持って椅子から立ち、リディアとリオネルに近寄り「ルシドールさんにこんなに可愛らしいお孫さんがいるなんて……きっと幸せに暮らしているのでしょうね」と穏やかに微笑む。
それからリディアとリオネルが魔法使いの国での暮らしを話し、セレナが嬉しそうに聞き入った。
「ルシドールさんはね、オルゴールと一緒に『誰かを大切に思う気持ち』を教えてくれたの。 この音色を聴くたびに心が温かくなるのよ。 だから私は家族を大切にできたの」
リディアは小さく息を漏らす。
「結ばれるだけが恋じゃないのね……」
リオネルもそっと頷いた。
ミレナ、コルヴァン、エルマンも話に聞き入っていた。
「今日は本当に来てよかったわ」
セレナがリディアとリオネルの手を握り別れを告げる。
ミレナ、コルヴァン、エルマンにも会釈して帰っていった。
「セレナさん、イルヴェから来られたそうだよ」とエルマン。
「イルヴェってそんな遠くから……」とミレナ。
「コルヴァンさんが作った絵本をイルヴェの商人が子供へのお土産にと買っていって、偶然それを目にしたセレナさんがここにたどり着いたそうだ。 魔法使いが作った絵本だと聞いて、もしかしたらルシドールのことがなにかわかるかもしれないと思ってね」
「じゃあ、コルヴァンさんが繋いだんですね」とミレナが言うと、リディアもリオネルもコルヴァンを見る。
「なんだよ」と少々照れるコルヴァン。
「こうして人と人が繋がるってなんだか不思議……でも温かいものなのね」
リディアの言葉にリオネルも小さく頷きながら「そうだな……誰かのために動くとなんだか心が満たされる気がする」と答える。
ミレナは微笑みながら「リディアさんの気持ち、よくわかります。 私も子供たちの笑顔を見るとなんだか元気が出ますから」と言い「……まあ、たまにはこういうことも悪くないな」とコルヴァンも少し照れたように言う。
エルマンも静かに頷き「小さな出来事でも心に残るものだね」と微笑む。
窓の外から子供たちの笑い声が聞こえる。
オルゴールの音色のように優しく胸の奥に響く。
限られたひと時が穏やかな温もりの記憶として刻まれていった。




