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【完結】魔法使いと隣のパン屋さん  作者: 禾乃衣


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第21話 秘められた力

「コルヴァンさん!」

 何度呼んでも返事はない。

「クシュンッ……さむっ」

 その時だった。 空が夜よりも深い闇に染まりミレナは上を見上げた。

 闇は一瞬にして光に満ちて白い霧は完全に消えた。


「ミレナ!」

 コルヴァンが走ってミレナの方へ来た。 リディアとリオネルも一緒だ。

「ミレナ、怪我はないか」

「大丈夫です……でもおばさんからもらった手袋落としてしまって……」

 するとコルヴァンは目を閉じ指をパチッと鳴らす。

 ミレナの目の前に手袋が現れた。

「わっ、ありがとうございます」

 ミレナが無事なことに安堵するコルヴァン。


「ほら、リディア」

「うぅ……」

 コルヴァンの後ろにいたリディアとリオネルがミレナの方へ寄る。

「ごめんなさい……ちょっと意地悪したくなったの」

「僕らにはちょっとでもミレナちゃんみたいな人間の子にはびっくりするどころじゃないよ」とリオネルに言われ俯いて服の端をぎゅっと握るリディア。

 そんなリディアを見てミレナは「リディアさん、顔上げてください。 私大丈夫ですから……クシュンッ」

「早く帰ろう」コルヴァンは自分の上着をミレナに着せると肩を寄せて歩く。

 目も合わせてくれないコルヴァンの背後を見ながらリディアは小刻みに震えていた。


 リディアとリオネルはエルマンのところへ帰り、ミレナとコルヴァンは家に着く。

「ここで」と言うが部屋まで送ってもらいベッドで横になる。 頭がフラフラした。

 コルヴァンはミレナの額に手をあて「少し熱いな。 なにか食べられるか?」

「食欲ないです」

 ちょっと待ってろと言いコルヴァンが自分の家から持ってきたのは薄い掛け布団だった。

 掛け布団を羽織りベッドのそばに座るコルヴァン。

「コルヴァンさん、もしかして泊まるつもりですか?」

「そうだが?」

「私一人でも大丈夫ですよ」

「だめだ」と言い動こうとしない。

「(眠れるわけ……あ、でも一度リビングで……いやいやあの時はソファだったし)」

 布団をかぶりドキドキするが、今日はよっぽど疲れたのかいつの間にか眠りに就いた。



◇コルヴァンside◇

「なんてことするんだ」コルヴァンはリディアを睨みつけた。

 その威圧感にビクッとするリディア。


「リディアー! コルヴァンさーん!」リオネルが駆け寄ってきた。

 リオネルの声を無視して空に手を上げるコルヴァン。

 すると空は一瞬にして闇に染まり、コルヴァンが手を握ると光が満ちて白い霧が消滅。


 その光景を見ていたリオネルが思い出したように言う。

「噂で聞いたことがある。 コルヴァン・ノヴァ……ノヴァ家といえば優秀な魔法使いが揃う一族。 中でも末息子の力は桁違い。 彼はある罪によって人間の世界に追放されたと……」

「あっちではそういうことになってるのか。 もうどうでもいいけどな」と言いミレナを探しに走るコルヴァン。


「すごいもの見てしまった……」と呆然と立ちつくすリオネル。

 リディアは小さく震えていた。


◇リディア・リオネル・エルマンside◇

「ただいま」意気消沈したリディアの声を聞いたエルマンは「その様子じゃなにかあったようだね」

 リオネルは先ほどあったことをエルマンに話した。


 一通り話を聞いたエルマンは「リディア、ちょっと座りなさい」と静かに言いリディアを椅子に座らせた。

「どうしてあんなことしたんだい?」

 リディアは俯き小さな声で答えた。

「……ちょっと意地悪したくなっただけで……」


 エルマンは溜息を吐き、優しく諭すように続けた。

「君の気持ちはわからなくもない。 大切な人を独り占めしたいと思うのは自然なことだ。 しかし感情のままに行動して傷つけてしまっては結局自分も苦しむことになる」

 リディアは目を伏せたまま膝の上で手を握りしめる。

「……はい」


「人の心を動かすのは簡単ではない。 コルヴァンさんやミレナちゃんの関係を見てごらん。 互いを大切に思う気持ちは優しい行動や思いやりから生まれるんだ。 力でどうにかできるものではない」


 リディアは小さく息を吐き胸の奥で反省の気持ちが芽生えるのを感じた。

「……わかりました」


「明日、もう一度謝りに行きなさい」

 エルマンは穏やかに言った。

「……はい」

 少し覚悟を決めたリディアの肩がわずかに軽くなる。


「エルマンさん」

 聞きたくてうずうずしてたリオネルが言う。

「コルヴァンさんてもしかしてノヴァ家の?」

「ああ、そうだよ」

「どうしてそんなすごい方が人間の世界で絵本作りを?」

「私も詳しいことは知らないんだよ。 ただ……噂や過去より 目の前の彼をちゃんと見たほうがいい。 彼がどう生きているかそれを見極める方がずっと大切だ」

「……そうだね」


「ミレナ、あなたすごい魔法使いを恋人にしちゃったわね」とリディアはくすりと笑った。


 その時リオネルは思わず小さく息を呑んだ。

 今でもコルヴァンの魔法が目に浮かぶ。

 彼の背中にわずかに光の輪がちらりと瞬いたのだ、一瞬。

 だが確かにその力の奥深さは並の魔法使いとは次元が違うことを告げていた。


 リオネルの胸にざわりとした感覚が広がる。

 ――ただの絵本作りの魔法使いじゃない。

 その正体がまだ誰にも語られていない秘密であることをリオネルは直感していた。

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