第20話 嫉妬といたずらの午後
いつもならエルマンの本屋に行くときはウキウキするミレナだが今日は違った。
「こんにちは」と扉を開けると「コルヴァン!」リディアが無邪気にコルヴァンの腕に絡む。 ミレナのことなど眼中にないという感じだ。
コルヴァンは腕に絡みつかれたままいつもの無表情で「やめろ、邪魔だ」と短く言った。
けれどリディアはまったくめげない。
「いいじゃない、減るもんじゃないし」と笑う。
「(……減るとか減らないとか、そういう問題じゃないと思うんだけど)」ミレナは心の中で呟き、カウンターへ歩いていった。
ちょうどそこにリオネルが現れてミレナの耳元でひそひそと囁く。
「ごめんね。 あれいつものリディアの悪い癖なんだ」
「悪い癖?」
「気に入ったら即行動。 熱しやすく冷めやすいタイプかな」
「(冷めてくれればいいけど)」ため息を吐くミレナ。
しかしリディアの行動はだんだんエスカレートしていく。
ある日には――
「コルヴァン! 待ってたわ! これ並べたら町を歩きましょ。 今日一日私の彼氏になってよ」
「くだらん」とコルヴァンに一蹴されてもめげないリディア。
またある日には――
「痛っ……擦りむいちゃった」とコルヴァンを上目遣い。
「(今の絶対わざと転んだよね)」と陰からヤキモキしながら見るミレナ。
またまたある日には――
ミレナの前に仁王立ちするリディア。
「コルヴァンは私がもらうわ」
「なっ!」
「いい加減にしてくれ!」
強い物言いにビクッとするミレナとリディア。
「俺の大切な人はミレナだ。 それはこれからもずっと変わらない。 だから君の気持ちには応えられない」
「なによ……」ミレナの肩を強く抱き寄せるコルヴァンを見てぎゅっと拳を握りしめるリディア。
ふぅ……と拳を緩めると「わかったわ。 じゃあ一度コルヴァンの家に行かせてくれたら諦める」
コルヴァンは少し考えて「わかった」と承諾。
ミレナは不安そうに小さく息を吐いた。
「(あれはまだぜんぜん諦めてはいないような……)」
その様子をやれやれとお互い顔を見合わせて息を吐くリオネルとエルマン。
ミレナは先程コルヴァンに強く抱き寄せられた肩に手をあて胸が高鳴っていた。
リディアはカウンターの端でニヤリと笑いこっそり何か瓶を取り出している。
「ふふふ。 次はもっと楽しくしてあげるんだから!」
ミレナは思わず視線を向けるがコルヴァンはいつも通り無表情で書棚を整理中。
――小さな胸のざわめきとこれから起こる騒動の予感が店内にふんわり漂っていた。
そしてコルヴァンの家にリディアとリオネルが来た。
ミレナはいつもより多めにパンを作り二人に振る舞うがリディアは見向きもしない。
「ごめんね」とミレナに小声で言うリオネル。 デニッシュを一口食べると「美味しいよこれ!」と顔がぱぁっとなる。
「お口に合ってよかったです」とほっとするが横目でちらりコルヴァンとリディアを見てはまたヤキモキする。
「ねぇ、町も案内してよ」
リディアの一言で4人で町に行くことに。
「あらミレナちゃん。 今朝のデニッシュ美味しかったわ〜。 うちの子すっかりミレナちゃんのデニッシュのファンなのよ」と最近パンを食べるようになったという小さな子供をもつお母さん。
「ミレナちゃんじゃないか。 元気かい? 最近夜は冷え込むようになったから暖かくするんだよ」と散歩中のおばあさん。
気さくに話しかけてくる町の人たち。
みんなに好かれてるミレナの姿を見てリディアは嫉妬心を募らせていた。
そしてパン屋に寄ると――
「ミレナ、ちょうどよかった。 今朝渡し忘れたものがあってね」おばさんが紙袋を持ってきた。
中を見ると「わぁ! 手袋! もしかして手編み?」
にこりとするおばさんにミレナは「ありがとう」とお店忙しいのに……と目が潤む。
コルヴァンとリオネルはその光景に和んでいるが、リディアはさらに嫉妬心を燃やしていた。
夕方になりコルヴァンの家に着く頃。
「あっちの森にも行ってみたいなぁ」と指をさすリディア。
「もう日も暮れるしやめようよ」とリオネルが言うが行くと言ってきかない。
「これでほんとに最後にしてくれよ」と言うコルヴァンにリディアはニヤリとする。
森の中を歩いて数分。
リディアは持ってきた瓶をポケットからこっそり出して紐を解くと中から白い霧が広がった。
「コルヴァン怖い!」と腕に絡んでくるリディアを無視して「ミレナ! ミレナ!」と叫ぶコルヴァン。
ミレナとリオネルとはぐれてしまったらしい。
「コルヴァンさん! リディアさん! リオネルさん!」
ミレナは必死に名前を呼ぶが返事はない。
辺りは暗くなり風が冷たくなってきた。
クシュンッとくしゃみが出てミレナははっと気づく。
おばさんからもらった手袋がない……。
「やだうそ、落としちゃった……」
霧の中を手探りで探す。 でも見つからない。
冷たい霧が頬をなで不安と心細さだけがどんどん大きくなっていった。
それでもどこかでコルヴァンの声が聞こえる気がして名前を呼び続けた。




