第19話 穏やかな日常に波紋の気配
帰りの列車でミレナはコルヴァンの顔色を窺う。
今は穏やかな顔をしているが、エルマンと話していたときの悲しそうな表情が気になった。
「ん、どうした」とミレナの視線に気づいたコルヴァンが聞く。
「え、あの」ミレナは思い切って聞いてみることに。
「さっき、エルマンさんとなに話してたのかなって」
「ああ」ふっと笑い、エルマンから聞いた奥さんとの思い出を話した。
「いなくなった後もああして奥さんからもらった優しい居場所を守ってるんだなと思ったんだ……でもミレナがいなくなった後のことを考えてしまってね」
「あ……」
ミレナはその時思った。 自分がいなくなってしまったらコルヴァンは長い年月を一人で過ごすことになる……想像したら物悲しい気持ちになった。
「そんな顔するな」とコルヴァンがミレナの頭にそっと手を置く。
「人間だって魔法使いだっていつかは命が尽きる。 長いか短いかだけさ。 だから君を大切にしたいという気持ちがより一層強くなった」
コルヴァンの真っ直ぐな瞳にドキンとする。
列車に揺られながら、ミレナもコルヴァンのことを大切にしたい気持ちが強くなった。
次の日。 コルヴァンと買い出しへ行くことに。
パン屋に寄ると「あら、仲睦まじいわね」とおばさん。
「ううぅ、娘が嫁に行ったみたいだ」とおじさん。
もうすっかり公認の仲だ。
「嫁って、おじさんったら」と顔が赤くなるミレナ。
ちらっとコルヴァンを見ると彼も少々照れていた。
「(コルヴァンさんのお嫁さんかぁ……いつかお隣さんではなくなる日は来るのかな……)」と想像してみた。
家に到着してミレナの家で料理を作ることに。
一緒に野菜を切ったりグリルを覗いては焼き加減を見たり盛りつけるときに肩と肩が触れてドキッとしたり……。
シチューパイをふーふーしてるコルヴァンを前に「(子供みたいで可愛いなぁ)」とクスッと笑みがこぼれる。
毎日が宝物のようにきらきらして愛おしく思えた。
翌月。 エルマンの本屋に向かうといつもと違う空気が漂っていた。
「エルマンさーん。 これこっちでいいのよね」
聞き慣れない女の子の声だ。
「ああ、足元に気をつけるんだよ」
「こんな高さ飛べばなんともないわ」
「これこれ、魔法に頼るでない」
「はーい」
そんなやり取りを見ていたミレナとコルヴァンにエルマンが気づき「すまない、気がつかなくて。 扉のベルは今掃除していてね」
「拭き終わったよ」と奥から男の子が出てきた。
「ありがとう。 扉につけてくれるかい?」
「はーい」
エルマンに椅子に案内されるミレナとコルヴァン。
「二人とも、こっちに来ておくれ」
エルマンに呼ばれて男の子と女の子が来た。
よく見ると双子だ。 二人ともミレナと年が近いような見た目をしている。
「紹介するよ。 少しの間だけここを手伝いたいと言われてね。 髪の長い女の子がリディア、短い男の子がリオネルだ。 こちらがミレナさん、こちらがコルヴァンさんだ」と紹介し終わると早速「あなたね! あのきれいな絵本作ったの!」とリディアがクリーム色のサラサラロングヘアを揺らし翡翠の瞳をきらきらさせてコルヴァンの顔に近寄る。
「リディア、そんないきなり近寄ったらびっくりするだろ」とリオネル。
リオネルの言葉を無視してリディアはさらに続ける。
「ねぇ、どうやって作ってるのか教えてよ」
コルヴァンは興味津々で積極的なリディアに冷静に「まず色を調合する。 調合は彼女に任せてある」
リディアと目が合うミレナ。
「ふーん」とミレナには一切興味がないというようなリディアの態度にミレナは「(この人、コルヴァンさんに近づいてほしくない)」と女の勘が働いた。
「ねぇコルヴァン。 絵本の作り方おしえてよ。 私も作ってみたいなぁ」
「あれはここにいるミレナと二人で作ってるものだ。 他の人に教えるつもりはない」
コルヴァンのきっぱりとした物言いにほっと安心するミレナ。
しかしリディアはムッとして「わかったわ」と言いその場を去る。
ちらっとこちらを向くリディアを見てなにか企んでるような視線に胸がざわついた。
でもコルヴァンの表情はいつも通り穏やかでリディアの積極的な態度にも困った素振りは見せない。
「落ち着きのない姉でごめんなさい」とやれやれという感じでリオネルが言う。
その後、このリディアに散々困らせられることになるとはまだ知る由もなかった。




