第17話 隣町でのひと時
ミレナとコルヴァンを蒸気列車が木製の橋を渡る。
心地よい音が響き、二人の視線は自然と橋の下に広がる小川へ向かう。
透き通った水が陽の光を受けてきらきらと反射している。
「列車に乗るのは初めてです」とミレナ。
「この町ではまだ珍しい交通手段だからな」とコルヴァン。
小さな煙突から白い蒸気が上がり窓の外にはのどかな丘陵が流れていった。
列車を降りコルヴァンと歩く。
活気溢れる町並みにわくわくする。
コルヴァンが足を止め「ここだ」と言い建物を見るとそこにはまるでおとぎ話に出てくるようなレトロな本屋があった。
扉を押して中に入ると背の高い書棚の間から穏やかな笑みを浮かべた老人が現れた。
白髪混じりのマロン色の髪に、チェーン付きの眼鏡をかけている。
「先日連絡したコルヴァンだが」
「こんにちは。 アルディスから話は聞いているよ」と落ち着いた声で言い椅子へ案内した。
「(アルディスさんのお知り合い……ってことはこの人も魔法使い?)」
椅子に座ると「初めましてお嬢さん。 私はエルマン。 見ての通り本屋を営んでいる」
「初めまして。 ミレナと申します」
コルヴァンが絵本を取り出し丁寧にページをめくる。
ミレナは横で少し緊張しながら見守る。
「うむ……これは素晴らしい絵だね。 色使いも丁寧で物語の雰囲気がよく伝わる」
エルマンの落ち着いた声に二人はほっとする。
「コルヴァンさん、絵本作りは順調かい?」とエルマンが聞く。
「ええ。 彼女の手伝いもあってずいぶん助かってる」
ミレナは少し顔を赤らめ二人で絵本作りを続けた日々を思い出す。
エルマンはページをめくるたびにうなずきながら「この色の組み合わせはとても柔らかい印象を与えるね。 読む人の心に優しく届くだろう」と褒める。
ミレナは「ありがとうございます」と思わず言葉が出た。
コルヴァンはクスッと笑い「その組み合わせは昨日彼女が考えたんだ」と言うとエルマンは「ほう」と感心した。
しばらく二人の絵本作りやインクの調合について話し合った後エルマンがふっと微笑む。
「魔法を使わず手で作ることの大切さを知っている魔法使いは少ない。 君は本当に貴重なことをしている」
「手間はかかるがそれが楽しいんだ」と言うとエルマンは深く頷いた。
そしてコルヴァンが持ってきた3冊のサンプルを気に入ると「ぜひ置かせてもらおう」と交渉成立した。
ゴロゴロ。
外から怪しい音が聞こえて一同窓の方を向く。
雲行きが怪しくなってきたかと思うとあっという間に豪雨が降った。
窓の近くに来た三人。
「これでは今日中に帰るのは難しいな」とコルヴァン。
「私が宿を紹介しよう」とエルマン。
おろおろするミレナ。
「大丈夫だ。 明日には帰れる」とコルヴァンがミレナの肩に手を置き落ち着かせた。
帰れるかどうかも心配なのだが「(宿に泊まるってもしかして……)」
ミレナの予想は外れてコルヴァンとは別々の部屋に泊まることになった。
「(ですよね……)」と残念な気持ちと安心感が入り交じりふぅーと息を吐く。
いつもはお隣さん同士の少し離れた家から今日は壁を隔てた近い距離に少々ドキドキしながらも就寝した。
翌朝。 窓の外には雨上がりの青空が広がり街路には水たまりがキラキラ光っている。
窓を開けると雨の匂いが新鮮で空気が澄んでいる。
コンコンとノック音がした。
「俺だ」コルヴァンの声だ。
「おはようございます」
「おはよう。 せっかくだから少し町を歩いてみようか」
「はい!」
外に出ると濡れた石畳が朝日に照らされて輝き、通りには小さな市場やカフェが並んでいる。
「わぁ、町の雰囲気が素敵ですね」とミレナは目を輝かせる。
「ああ。 エルマンさんが早朝からでもやってるカフェを紹介してくれたんだ。 食事してから帰ろうか」
「はい!」
カフェに入ると木のぬくもりが心地よく朝の光が差し込む。
注文を済ませ、ミレナは心の中で「(デートみたいでドキドキするな)」と小さく胸を高鳴らせる。
食事をしながら絵本作りのことや町の話を交わす。
「コルヴァンさん、次のページの色はどうしましょう」とミレナが聞くと、コルヴァンは笑顔で「君のアイデアを信じるよ」と答える。
その言葉にミレナは思わず頬を赤らめた。
朝食を終えると、町を少し歩きながら店を覗いたり、小さな広場で休憩したりする。
普段は味わえないちょっとした遠出の楽しさとコルヴァンと一緒に過ごす時間の幸福感に、ミレナの心はふわりと軽くなる。
昼前になり、町を一通り歩き終えると列車に乗り込んだ。
ホームに立つと列車の車輪がゆっくりと動き出し汽笛が高く鳴り響く。
ミレナは、あ! と思い出し「コルヴァンさん、エルマンさんて魔法使いなんですか?」
「ああ。 あそこに住んでもう100年以上になるそうだ。 アルディスから聞いた」
「そんなに!?」と目を丸くするミレナに「驚くことではないさ。 人間の世界に住んでる魔法使いは他にもいる」
ミレナは窓の外の景色を見つめながら心の中でそっと呟く。
「(もっとコルヴァンさんのこと、魔法使いのこと知っていきたいな……)」
ガタンゴトンと列車の音が響き、二人の距離感と穏やかな時間が心に染み渡った。




