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【完結】魔法使いと隣のパン屋さん  作者: 禾乃衣


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第16話 穏やかな時間 心の記憶

「おはようございます」

「おはよう」

 二人の間に温かな空気が流れる。

「今日はシナモンのデニッシュです」

「ああ、いい香りだ」

「ほんと、ミレナちゃんが作るパンは最高だ。 この子、窓開けて匂いを嗅ぎながら待っていたよ」とアルディス。

「アルディス」とコルヴァンが照れる。

 そんな二人の微笑ましいやり取りに和むミレナ。

「あ、そうそう私はそろそろ国へ帰るとするよ」

「え? 国って……魔法使いの国ですか?」

「そう。 世話になったね、ミレナちゃん」

「いえ、そんな」突然のお別れに寂しくなる。

 察したコルヴァンが「ずっと会えなくなるわけじゃない」

「気が向いたらまた遊びに来るよ」とアルディスはミレナの頭に手を置く。

「ミレナも食べていかないか?」とコルヴァン。

 その後三人で朝食のパンを食べながら談笑した。

 アルディスはマルセルのところへ寄ってから帰ると言い、ミレナとコルヴァンに別れを告げた。


 アルディスを見送りしばし静寂が訪れる。

「絵本作り捗ってますか? 大変ですよね、手作業で」

「手作業だがそれほど大変だとは思っていない。 前よりは楽しいんだ」

 穏やかな顔をして言うコルヴァンに「(やっぱりお手伝いしたいな)」と思い、コルヴァンがこの町に来て間もない頃を思い出した。


「これは君が関わることではない」


 コルヴァンの過去を知った今ならわかる。

 絵本作りは罪の償いだ。

 その償いに自分を関わらせたくないと言う彼の優しさに胸がきゅっとなる。


 でも――

「コルヴァンさん、私にも絵本作り手伝わせてください。 これからは二人で楽しいことも苦しいことも分かち合っていきたいんです」

 ミレナの真剣な眼差しに一瞬驚きの表情を見せるが、前とは違う感情がコルヴァンには芽生えていた。

「ありがとう。 じゃあ君にはインクの調合をお願いしようか」

 ミレナの顔がぱぁっと明るくなり「はい!」とやる気に満ちた返事をする。


 コルヴァンが棚から瓶を取り出し丁寧にインクを揃える。

 ミレナも横に並んで教えてもらいながら色の濃さ薄さを確認しながら混ぜ合わせる。

 インクの香りがふわりと漂い、手に少しつく感触に思わずくすりと笑う。

 ページをめくるたびに紙の手触りが優しく伝わり、二人の息も自然と重なる。


「こうやって作業していると時間がゆっくり流れる気がしますね」

「そうだな」


 互いに微笑み合いながら絵本作りの時間が静かに始まった。

 窓の外では町の喧騒が遠く、日差しが柔らかく差し込み二人だけの世界がそこに広がっている。


「明日これを隣町まで持っていく。 一緒に行くか」

「はい!」


 コルヴァンといるとどんどん世界が広がっていく気がした。



◇アルディスside◇

 ミレナとコルヴァンに別れを告げマルセルの家にやって来たアルディス。

 テーブルを挟み向かい合わせに座りどこか名残惜しそうな顔をして「弟子が成長していく姿は嬉しくもあり心細さもあるね」と苦笑い。

 ミレナとコルヴァンが互いを想い合って大切な存在になったことを聞かされたマルセルは「わしだってそうさ。 コルヴァンがこの町に来た頃まだ馴染んでなくてな、食材を運んでたんだがミレナと出会ってからは変わった。 自分で買いに行くからもういいと言われたときは孫が巣立って行くようで寂しかったなぁ」

 二人はしみじみと思い出していた。


 アルディスはマルセルに別れを告げる。

「気が向いたらそのうち」

「ああ、いつでも待ってるぞ」


 魔法使いの国へ帰る途中、アルディスはかつてこの町に来た頃を思い出していた。


 それは幼いマルセル少年との出会い――


「おい、そんなところにいたら落ちるぞ」と言うマルセル少年を見下ろすアルディス。

「(人間の子供か……)」

 木から飛び降りたアルディスは「君こそ一人でこんな森の中にいて大丈夫なのかい?」と聞く。

「少し歩けば僕の家があるから……でももうすぐ引っ越すんだ」と悲しげな顔をするマルセル少年。

 少年はさらに続ける。

「あーあ、ここ気に入ってたんだけどなぁ。 あっちにはきれいな湖があるんだ」と指をさす。

「へぇ」と適当に相槌を打つ。

「引っ越すのは寂しいけど、この先にある町はいいところなんだ。 たまに母さんと買い物に行ってたから」

「そう……」とつぶやくアルディスに少年は「なにか悩んでるのか? 人に話したら心が軽くなるって母さん言ってたぞ」

 純粋な瞳をして言う少年にクスッと笑い「そうだねぇ……弟子が中々心を開いてくれなくてね。 もうずいぶん付き合いが長いのに」と溜め息を吐く。

 少年はアルディスをじーっと見る。

「お前、自分のこと話してるか? 自分のことろくに話さないでおしえろおしえろ言ったって、その弟子も今のお前と同じように悩んでると思うぞ。 これは大工のおじさんからおしえてもらったんだ」


 アルディスは少年の言ったことにハッとして、少し、いやずいぶん「師匠と弟子」の間に線を引いていたことに気づく。

 弟子をとったのはアルディスにとって初めてのことだった。


「君はいい親や町の人に恵まれてるんだね」

「大好きな町だ」と少年は自慢気に言う。


「(あの子もこんな温かい町で育ったら変われるのだろうか)」

 アルディスは少年としばし話した後別れを告げた。


 ――幼いマルセル少年との出来事を思い出しながらアルディスは魔法使いの国へと帰っていった。

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