第13話 胸に芽生えた答え 静かな決意
朝。 いつものようにコルヴァンの家にパンを届けに行く。
「おはようございます」
「おはよう」
パンを渡す時に微かに手が触れドキッとする。
「(落ち着け私! いつも通りよいつも通り)」
「どうした? 顔が赤いぞ。 体調が優れないなら無理しなくても」
「大丈夫です!」と言い小走りで家に戻る。
ミレナの少々強い物言いといつもと違う態度に首を傾げるコルヴァン。
リビングのソファに座り「はぁ……」と息を吐き、昨日自分の気持ちを整理したことを思い出す。
「(人を好きになるってこんなにドキドキするものなのね……)」
窓から差し込む朝の光に目を細めミレナは少し微笑む。
「(昨日のルーカスの言葉……でも、今の私の気持ちはコルヴァンさんに向いてるんだ)」
パンの香りがほんのりと漂うキッチンを眺めながら胸の奥がじんわりと温かくなる。
「(不器用だけど真っ直ぐで……あんなに優しい人を嫌いになるわけがない)」
コンコンと玄関のドアのノック音がした。
開けるとコルヴァンがいた。
「コルヴァンさん、どうしたんですか?」
「さっきの君の様子が気になって。 体調は大丈夫なのか? 食事は?」
心配するコルヴァンの言葉にミレナの胸はさらに熱くなる。
「大丈夫ですよ。 朝からちょっと暑いなぁって」
「そういえばそうだな。 なら涼みにでも行くか」
「え……涼みに?」
ミレナが戸惑いながらも頷くとコルヴァンは微笑む。
湖に到着し、水のせせらぎや木々のざわめきに包まれながら深呼吸するミレナ。
「わぁ……気持ちいいですね」
「だな。 ここは静かで落ち着く」
コルヴァンの声に安心感が漂い胸の奥がじんわり温かくなる。
水面に光が反射してゆらぐたび自然と顔が綻ぶ。
「(昨日のこと……ルーカスの言葉もあったけど、やっぱり今の私の気持ちはコルヴァンさんに向いてる)」
そよ風に揺れる髪を気にしながらミレナは湖の景色を楽しむ。
コルヴァンも少し微笑み静かに景色を眺めている。
二人きりの静かな時間が何よりも穏やかで幸せに感じられた。
胸の奥にふくらむ想いを噛みしめ、ミレナはそっと決めた。
「(いつか……ちゃんと伝えたい)」
穏やかな時間と風景を胸に刻み、ミレナは微かに笑みを浮かべた。
コルヴァンは家に帰り、ミレナは町へ行くことにした。
「(コルヴァンさんに伝える前にちゃんと話さなきゃ)」
自分を心配してくれるルーカスに、少しづつ整理した気持ちを打ち明けようと決めた。
ルーカスとは幼い頃からの仲だ。
ミレナがエヴェルナに来て間もない頃、パンを買いに来ていたルーカスに声をかけられた。
毎日が心細くて不安な日々……そんなミレナを元気づけようとおどけて見せたり笑わせてくれてミレナは徐々に笑顔を見せるようになった。
ルーカスは優しい……でも、ずっと一緒にいたいという気持ちは芽生えなかった。
しかしルーカスへの感謝の気持ちは忘れない。
「(よし! 今ならちゃんと話せる)」
ミレナは前へ進む。
ルーカスの家に行こうとしたら花屋にいた彼を見つけて声をかける。
「ルーカス!」
「ミレナじゃないか。 君も買い物かい?」
「ううん。 ちょっと時間あるかな。 話があるの」
ミレナの真剣な顔つきにルーカスの表情が硬くなった。
町の広場の噴水のそばにあるベンチに座るミレナとルーカス。
「昨日ルーカスから言われてからずっと考えてたの」
「うん」
それからミレナはコルヴァンに対する素直な気持ち、ルーカスには幼い頃から本当に感謝していること。 だからこそルーカスに打ち明けようと思ったことを話した。
一通り話し終わると「ふぅ……」と俯き嘆息するルーカス。
数秒考えた後彼は「なぁミレナ、僕もその魔法使い……コルヴァンさんに会ってみたいな」
「え?」
「君のことを任せられるかどうか。 お兄ちゃんとして。 ね?」
「う、うん……」
二人はコルヴァンの家に向かうことにした。
◇ルーカスside◇
「(昨日は少し困らせてしまったな……)」と思いながらミレナにあげる花を選んでいたルーカス。
そこへミレナが来た。
話があると言う彼女の顔が真剣で、ルーカスはこれからなにを言われるのか大体察した。
ミレナの話を黙って聞く。
ああ、本当に好きなんだな……そして僕にはつけ入る隙などない……ミレナ、君は本当に恋をしているんだね。
一通り話を聞き終えると、コルヴァンに会ってみたいと言いミレナに案内してもらう。
ミレナのことを任せられるかとは言ったものの、それは彼の最後の足掻きだった。
「コルヴァンさん、突然ごめんなさい。 こちら友達のルーカスです。 コルヴァンさんに会ってみたいそうなので……」とミレナがルーカスを紹介する。
「初めまして、ルーカスといいます。 今学校が休みなので里帰りしてるのですが町の人の噂になってる絵本が気になりまして」
絵本のことなんてどうでもよく、ここからコルヴァンの人となりを探るつもりだったのだが――
「ああ、見たことはなかったか?」
「ええ、なにせ人気だからなかなか手に入らないですよ」
「まぁ、手作業で作ってるからな。 多くは作れない」
「そうなんですか!?」とミレナ。
「知らなかったのかい?」とルーカス。
「見ていくか?」と言うコルヴァンに「はい!」と即答するミレナを見て、見ざるを得ないと思い作業部屋におじゃますることにした。
中に入ると机には作りかけの絵本があった。
見ると立体的な絵が描かれてある。
ルーカスは一瞬にして目を奪われ息を呑んだ。
「きれいだね」と言うミレナに「……ああ」と感動する。
魔法使いが作る絵本なんて魔法で簡単に作っていると思っていた。
だが違った。
一つ一つ丁寧に作っているコルヴァンに対してもはや偏見の目は薄らいでいった。
「これはみんなが感動するはずだ……」とぽつりと呟くルーカス。
そばで目を輝かせているミレナを見て「(僕には彼女をこんな顔にはできないな)」と思った。
「すまない、一冊あげたいところだが今完成した絵本はないんだ 」と言うコルヴァンに「いやいや、こんなきれいなものタダでもらうわけには」と彼の気遣いにやや慌てる。
そしてミレナとコルヴァンに見送られ帰るルーカス。
歩きながら涙をこらえて「(幸せになるんだぞ、ミレナ)」と長年の片思いに別れを告げた。




