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【完結】魔法使いと隣のパン屋さん  作者: 禾乃衣


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第12話 ふと香る恋の気配

「やあミレナ」

 町で買い出しをしていたら聞き慣れた声で名前を呼ばれた。

「ルーカス!」

「久しぶりだな」

「どうしたの? 学校は?」

「休みに入ったから里帰りさ」

「お医者さまを目指してるんでしょ? ほんと尊敬しちゃう」

「いやぁ。 そうそう、おじさんとおばさんに聞いたよ。 町の外れの家に住んでるんだって?」

「うん。 魔法使いのコルヴァンさんの隣にね」

「魔法使いって……危なくないのかい?」

「ぜんぜん! すごくきれいな絵本を作ってね、子供たちにも大人気なの」と目をきらきらさせるミレナ。

 他にもお祭りで一緒に絵本を売ったことや昨日一緒にパン作りをしたことを楽しそうに話す。


 ルーカスは眼鏡の位置を直しながら苦笑いを浮かべる。 だがその笑みの奥にある小さな影にミレナはまだ気づいていなかった。

「なぁミレナ、その魔法使いのこと好きなのかい?」

「え……」

 思いがけない問いにミレナの心臓がドキンと大きな音を立てた。

「僕は心配なんだ。 ミレナがなにか危険なことに巻き込まれないか……」とルーカスは眼鏡の奥からまっすぐに見つめてくる。

「コルヴァンさんは優しい人よ。 子供たちだって懐いてるし」

「優しいからって信用できるとは限らない」

「ルーカス……」

 真剣な眼差しにどう返していいかわからずミレナは少しだけ俯いた。

 胸の奥でコルヴァンの姿が自然に浮かんでしまうことに気づきさらに顔が熱くなる。

 そんなミレナの顔を見て拳をぎゅっと握りしめたルーカスが「君のことは小さい頃から知ってるからさ。 幸せでいてほしいって思っただけだよ」

 そう小さく呟くと背を向けて歩き出すルーカス。

 振り返ることなく去っていくその背中をミレナは言葉を失ったまま見送るしかなかった。


 家に帰る道中も帰ってからもずっとルーカスの言葉が耳に残っている。

「優しいからって信用できるとは限らない」

 そう言われた瞬間の彼の真剣な眼差しが頭から離れない。

「(そりゃ最初は無愛想な人だなって思ったけど……)」

 ミレナはコルヴァンに初めて会ったときのことを思い出した。

 無言でパンを受け取った彼に対して「もう会うこともないでしょ」と思った翌日、配達を指名されて行ってみると「俺のためにパンを焼いてくれ」「では早速引っ越してきてもらおうか」と言われ慌てて逃げたことを思い出しクスッと笑う。

 その後コルヴァンが追いかけてきて頭を下げて謝ったこと……そんな姿を思い出し「(不器用だけどあんな真っ直ぐに謝ってくれる人が悪い人なわけないじゃない)」


 キッチンに立ち、お湯を沸かしながら昨日のことを思い返していた。

 コルヴァンが慣れない手つきで粉をこね、頬に粉がついたことを慌てて謝る声。 あの不器用さと真剣さがどうしても愛おしく思えてしまう。

 お茶をカップに注ぎながら、焼きたてのベーグルの香りがふわりとよみがえる。

 ふんわりした生地を頬張ったときの温かさ、コルヴァンが少し照れながら笑った表情――そのすべてが胸にじんわりと残っている。

 あの日、コルヴァンと一緒に庭で見た柔らかな光に包まれていた景色を思い出し 自然と顔が綻び心の中が温かく満たされていく。

 ソファに腰かけ、膝にカップを置いたままミレナは小さく息をつく。

「ずっと……一緒にいたい」とぽつりと呟く。

 昨日のパン作りも、雨の日の迎えも、魔法を見せてくれたことも、ぜんぶが自分にとって宝物なのだと改めて感じた。

 ルーカスの問いかけで揺れた胸の中も今では静かに落ち着き、コルヴァンへの想いが確かなものになっている。

 心の中で自然と名前を呼ぶ。

「(コルヴァンさん……)」

 自分でも驚くほど優しい気持ちが込められているのを感じた。

 目を閉じて深呼吸すると、穏やかな光と今朝のパンの香りがまだ残る部屋にふわりと幸福感が広がった。

 ミレナはゆっくりカップを口に運びながらこれからもまたコルヴァンに会えることをそっと楽しみに思う。

「(もっと……一緒にいたいな……)」その小さな願いを胸に今日の余韻に浸るのだった。



◇ルーカスside◇

「その魔法使いのこと好きなのかい?」

 そう聞いたときのミレナは間違いなく恋する女の顔をしていた。

「おじさんやおばさん、それに町のみんなだってすっかり気を許してるなんて……」

 頭を抱えるルーカス。 小さく唸りながら指先で眼鏡を押し上げ髪をもしゃもしゃといじる。

 昨日こっそりミレナの跡をつけ、楽しそうに玄関先で魔法使いらしき男と話す姿を思い出す。

「ああ……これはまずい……」と小声で呟き、ポケットの端をぎゅっと握る。

「医者になったらミレナにプロポーズするという僕の計画が……」

 ぶつぶつ言いながらも拳を軽く握ったり手をいじったりして焦りを隠せない。


 彼もまた不器用な男の一人だった。

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