第10話 心を伝える夕暮れ 黄昏に咲く想い
夜が明け、カーテンの隙間からわずかに陽が差し込む頃。
コンコンと玄関のドアのノック音で目が覚めるミレナ。
隣を見るとコルヴァンがいる。
「コルヴァンさん」と寝ぼけ眼で呟く。
「アルディスだろう。 出てくる」
気になってミレナもコルヴァンに玄関までついていった。
ドアを開けるとアルディスは「やっぱりこっちにいたんだね。 お嬢さん、昨夜は怖い思いをさせてしまったね」
「いえ、コルヴァンさんがずっとそばにいてくれたので大丈夫でした」
「そう」とアルディスは柔和な顔をする。
「あ! いけない、パン作らなきゃ」
「今日はいいから休め。 ソファじゃろくに休めなかったろう」
「無理はするものじゃないよ」
「ありがとうございます。 じゃあお言葉に甘えて」
ミレナは二人の優しい言葉に甘えてベッドでゆっくり休むことにした。
「ミレナ」「コルヴァンさん」
二人の声が重なり思わず俯くミレナとコルヴァン。
「休んだらコルヴァンさんのところに行っていいですか?」
「ああ、待ってる」
自室のベッドで横になるミレナ。
今日は幸いパン屋への配達もなくゆっくり休める。
ぼーっとして目を細めながら「私のことも話してみようかな」とぽつりと呟く。
なぜかコルヴァンに自分のことを知ってほしい気持ちが芽生えて無意識に胸に手をあてる。
目が覚めた頃には窓の外は夕暮れ色に染まり、長く休めた体と心にほんのり温かさが残っていた。
「けっこう寝たな」軽く伸びをして身支度をしてコルヴァンの家に向かった。
コルヴァンの家のリビングに案内されると「あれ、アルディスさんは?」
「町長のところへ行ったよ。 泊まってくるんだそうだ」
「そうなんですか」ミレナは、もしかして気を遣ってくれたのかなと思った。
「昨夜のことだが、アルディスが戦ってたら向こうの師匠が来てゲンコツくらわせて首根っこつかんで弟子を連れ帰ったそうだ」
「ゲンコツ……」
「あの様子じゃしばらくは自由にさせないだろうってアルディスが言ってたよ」
その言葉にほっとするミレナ。
「あの、そのお弟子さんってコルヴァンさんとなにか関係が」
ミレナの言葉を遮るかのようにぐぅ〜っとお腹が鳴った。
「(そういえば朝からなにも食べてない……もうこんなときに鳴るなんて!)」と赤面して俯いているとコルヴァンが席を立ちじゃがいものスープを持ってきた。
「さっき作ったからまだ温かい。 よければ」
「いただきます!」
頬杖しながらこちらを見ているコルヴァンを気にせずお腹を満たすミレナ。
「ごちそうさまでした! おいしかった〜」
食器を下げキッチンに向かうコルヴァンに「コルヴァンさん、料理するんですね」
ん? と半身を向けるコルヴァンに「ああ、ごめんなさい。 意外というかなんというか」
コルヴァンはクスッと笑い「料理は最近始めた」
そう言うと彼は何かを思い出したかのような顔をして食器を洗う。
洗い終えたコルヴァンがミレナの隣に座った。
「あの、私」
「君から話していい」
コルヴァンの穏やかな声色がミレナを落ち着かせてすっと話すことができた。
「私、幼い頃パン屋に置き去りにされたんです。 お父さんに」
「町長から聞いたよ」
「……そうだったんですね」
「続けて」
「でも、町の人たちが助けてくれて……こんなに恵まれて幸せだなって思ってたんですけど」
ミレナの顔が切なくなる。
黙って聞くコルヴァン。
「コルヴァンさんに初めて絵本をもらったことあったじゃないですか。 すごくきれいで感動して……でもお父さんに絵本を読んでもらったことを思い出したら寂しくなってきて……こんなに恵まれてるのに 」
コルヴァンは今にも泣きそうなミレナの肩にそっと手を置いた。
「寂しいと思うことは悪いことでも申し訳ないことでもない。 自然な感情だ。 だから無理に押し込めることなんてしなくていい」
コルヴァンの言葉に心が軽くなった。
「ありがとうございます」と笑顔を見せる。
「なんかしんみりしちゃいましたね。 次、コルヴァンの番ですよ」
「ああ」と俯き目を細めるコルヴァン。
「エヴェルナに来る前、ずっと友達だと思っていた奴に裏切られて濡れ衣を着せられたんだ」
その目には微かな痛みが宿っている。
「師匠に救われてこの町で絵本を作りながら人を喜ばせることで罪を少しずつ償っている……それが俺の救いでもある。 その友達というのが昨夜アルディスが戦った奴だ」
「そうだったんですね……話してくれてありがとうございます」
二人はしばらく言葉を交わさず互いの存在を静かに感じる。
言葉にせずとも理解と信頼がそこにあった。
外の空は茜色に染まり始め窓から差し込む光が二人を包む。
「少し外に出ないか」と立ち上がるコルヴァンにミレナは頷いた。
庭へ出るとコルヴァンの手からふわりと光の花びらが舞い上がり、空に咲く幻想的な光景が二人を包んだ。
ミレナは目を見開き自然と笑みがこぼれる。
コルヴァンの横に立つとただそばにいるだけで心が落ち着くことを感じた。
今日のこと、ずっと覚えておこう。
ミレナはそう思いながらきらきらした光景を目に焼きつけていた。
◇コルヴァンside◇
「お嬢さんに話すのかい?」
ミレナの家を後にし、自分の家のドアを閉めるとアルディスが言った。
「ああ、彼女に知ってほしいんだ」と言うコルヴァンに柔和に目を細めるアルディス。
「少ししたらマルセルのところへ行くよ。 今日は泊まるから二人でゆっくり話すといい」
コルヴァンはこくりと頷いた。
夕暮れ時。 ミレナが来た。
お腹を鳴らす彼女に微笑ましくなり、作ったじゃがいものスープを差し出す。
「(彼女の口に合うだろうか……)」
そんな不安をよそに「ごちそうさまでした! おいしかった〜」と大満足な顔を見て嬉しくなる。
誰かに料理を食べてもらうのはこんなにも嬉しいことなんだなと思いながら食器を下げてキッチンに向かおうとすると「コルヴァンさん、料理するんですね」と言われ「最近始めた」と言い、そういえば……とふと思い出した。
この町に来た時は料理は一切せず、食べ物は町長に運んでもらっていた。
しかしミレナを通して町のみんなに打ち解けていき自ら買い物をしに町に出向くようになった。
初めて町に行ったのは逃げるミレナを追いかけて。
二度目は町まで行かずとも雨に濡れてはいないかとミレナを迎えに。
三度目はミレナの帰りが遅くて心配でパン屋に全力疾走したこと。
そしてお祭りでミレナと一緒に絵本を売り町のみんなの温かさを知った。
ぜんぶ君に教えてもらったんだな……と食器を洗いながらミレナに対して感謝の気持ちが芽生えた。
誰かを喜ばせるために魔法を使いたいと思ったのもこの町に来てからだ。
お祭りのときに魔法で花火を上げたと師匠に言っても咎められなかった。
ソファに座り、お互いの話をし終えて「少し外に出ないか」と立ち上がる。
庭で光の花びらを舞わせて茜色の空をより幻想的に彩るとミレナが目をきらきら輝かせる。
光の花びらが二人を包み茜色の空の下、ほんの一瞬手を伸ばせば届きそうな距離に心が揺れる。
けれどまだ言葉にはせず、ただ互いを感じる。
信頼があってこそ生まれる柔らかく温かい時間。
それは恋でも友情でもない、でもどちらにも通じる大切な気持ち。
彼女の存在が自分にとって特別なものになっていることを心の奥で静かに感じていた。
信頼と感謝、そしてまだ言葉にしない小さな想い。
二人の間にあるのは確かな絆とこれから少しずつ育まれていく未来への期待だった。
まだ言葉にしなくても、互いの存在がこれからの毎日を少しずつ特別にしていくことを心の奥で静かに感じていた。




