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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第六章 新たなる人類の夜明け――境界に立つ者たち
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第三節 機械人の叫び 3

 レオは椅子に座ったまま、拳を握り締めていた。講演の内容は、どこか彼自身の存在を触発するものだった。


 言葉にならない感情が胸の奥を押し広げ、理屈では説明できない違和が、意識の底に沈んでいく。


 レオは、膝の上に置いていた手を静かに持ち上げ、閲覧ブースの横に設けられた呼び出しパネルに指先を伸ばした。


 ボタンを軽く押すと、数秒後、保管室の入り口から足音が響いてくる。


 冷たい空気を押し分けるように現れたのは、先ほどの司書だった。


 制服の襟を正しながら彼は静かに一礼し、穏やかな表情でレオの元へと近づいてきた。


「……お疲れ様でした」


 その声には、機械的な冷たさではなく、記憶というものに対する敬意が滲んでいた。


 レオは黙って頷き、再生を終えた旧式記録装置をそっと持ち上げて司書に手渡す。


 彼は両手でそれを丁重に受け取り、まるで壊れやすい美術品でも扱うように慎重な手つきで、その銀色の筐体を抱えた。


「こちらで、元の保管棚へお戻しいたします」


 そう言うと、司書は静かに踵を返し、奥の棚の一角へと歩いていった。


 レオはその背中を見送りながら、先ほど再生された映像の余韻をまだ胸の奥に引きずっていた。


 父の語りかけるような声、そのひとつひとつの言葉が、思考の底に沈殿していく感覚。


 あれは単なる記録ではなかった。


 レオにとって、それは魂を撫でるような、どこか懐かしくも痛ましい響きだった。


 しばらくして、記録装置の返却を終えた司書が戻ってきた。


 彼はレオのすぐ傍まで歩み寄り、柔らかな口調で言った。


「それでは、地上階までご案内いたします」


 ふたりは再びエレベーターへと向かって歩き出す。


 床に吸い込まれるような足音だけが響き、地下深部の静謐がふたたび彼らを包んだ。


 アクセス通路を通り、生体認証ゲートを通過しながら、エレベーターの前に到着する。扉が静かに開き、ふたりは中へと足を踏み入れた。


 気圧調整の微かな音が響き始める。


 ゆっくりと上昇を始めたエレベーターの中、レオは黙ったまま視線を落としていた。


 司書もまた無言で立ち、時折、ちらとレオを横目で見やる。やがて、エレベーターが数階を通過したころ、司書が口を開く気配を見せた。


「まさか、シリウス・ゼノン・アークさんの御子息が、本当にいらっしゃるとは思いませんでした」


 司書は、どこか敬意と畏怖を滲ませた声音でそう告げた。


 レオは、その言葉にどう反応すればいいのか分からず、ただ戸惑ったまま口をつぐんだ。


 すると、司書は少し間を置いて言葉を継いだ。


「失礼ながら……大川戸さんは、純複製型機械人間をご存知でしょうか」


 レオの脳裏に、ある記憶がかすかに浮かび上がった。そしてそれは、じきに明確な像を結んだ。


 純複製型機械人間――。


 それは、機械人類史の中で、忌むべき実験とされ、封印された記録にすら近い、ある種の“黒歴史”だった。


 それはまだ、人間の自我を機械に移植する技術が黎明期を迎えた頃のこと。


 人々は奇跡に熱狂し、狂喜乱舞した。


 肉体を捨て、機械の身体と結びつくことで、人類はついに「不老不死」という幻想に手をかけたのだ。


 だが、それで満足する者は多くなかった。


 科学者たちは更なる完全性を求めた。


 目指したのは、模倣ではなく“再現”――すなわち、人間の脳を無機物でそっくりそのまま作り出すことだった。


 人間の脳を模した機械脳ではなく、機械による人間の脳そのものの構築。


 それこそが、純複製型機械人間の核心だった。


 機械人類はそもそも、生体的な器官を必要としない。呼吸も、消化も、心拍もいらない。五感すら、高性能センサーと演算処理AIによって模擬され、感情も、意志も、論理も、高度に統合された電子脳が処理していた。


 だが純複製型は違った。


 大脳、間脳、脳幹、小脳、リンビック系、大脳基底核……それらすべてを、分子レベルで忠実に無機再現した機械の脳。


 それにより、生存本能や生殖本能までをも備えた、限りなく人間に近い機械人間の創造が期待された。


 ……が、現実は夢とは異なった。


 それはあまりに精緻に作られすぎたがゆえに、逆に非効率となってしまったのだ。


 莫大なコストと労力を注ぎ込み完成した脳を搭載した彼らは、成人向けウェクスラー式知能検査で160前後という、機械人類としては凡庸な値しか叩き出せなかった。


 演算能力では当然、機械人類に及ばず、肉体操作の面でも、トランス・ウルトラ・ヒューマンの機械融合能力に到底敵わなかった。


 機械の恩恵をほとんど受けられず、人間の制限だけを忠実に引き継いだ存在。


 彼らは「完成された模倣」でありながら、「最も不完全な機械人間」となったのだった。


 それでも、自らの人間性を捨てきれず、より“人間に近い”形を求める者たちが存在した。


 そうして純複製型への転身を選んだ者たちは、やがて社会の中で宙吊りの存在となっていく。


 機械人類からは、進化を放棄した劣等種として差別され、トランス・ウルトラ・ヒューマンや超人類からは、出来損ないの機械人間として蔑まれた。


 法的にも、その中途半端な能力ゆえに、機械人類としても認められず、「超人類に準ずる」曖昧な立場に追いやられていた。


 やがて、純複製型機械人間になる者は一人、また一人と減っていき、社会の隅に追いやられたその存在は、差別と忘却の狭間に埋もれていった。

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