第八節 突然の失踪 2
夜が明けた。
だが、統合隔離観察施設〈第七調整区画〉に自由の光が届くことはない。
EMPの余波によって監視網は沈黙したが、管理棟監視部による制御と統制は取れていて、外部との行き来に使う扉は、固く閉ざされたままだ。
起床時刻になると、施設内に、有線アナウンスがあった。
『昨晩、機械トラブルが発生し、誤作動によってEMPが照射されました。その関係で施設内の電子機器が使用できなくなっております』
レオは自分の予測が完全に当たっていたことを理解した。
電子機器がダウンしていることを除けば、まるで何事もなかったかのように、その日も普段通りに朝食の時間を迎えた。
意識を失ったのはまだ数時間前のことなので、レオは気になったのと、介助が必要ではないかと考えて、ミナトの部屋に寄ったが、不在だった。
先に食堂に行ったのか向かうと、いつも使っている席に、ミナト、カミーユ、ハクの姿がなかった。
行き違いになったかと思い、彼は再びミナトの部屋に向かった。すると途中の廊下でミナトとすれ違った。体調が優れないらしく、顔色が悪く、表情が浮かない。
「大丈夫か? 調子が悪いなら、俺が頼んで食事を部屋でとれるように談判してくるよ」
レオが声をかけると、ミナトは「平気だから。心配かけてごめんなさい」と答えた。
「それより大変なの。カミーユがいない」
ミナトが思い詰めた顔で言った。
「カミーユが?」
レオはミナトに肩を貸し、カミーユの部屋に向かった。
部屋の中は、誰かが慌てて出て行ったような痕跡が、薄く床に残っていた。
ベッドの上には乱れた掛け布団があり、ベッドの下を調べると、壊れた自作の簡易端末があった。
そこにちょうどハクがやってきた。
「レオさんとミナトさん。見ての通りでカミーユがいないんです。思い当たるところを全て調べてきましたが、どこにも見当たらなくて」
レオはミナトを食堂に連れて行って、先に食べていてくれと言った。ミナトは自分も手伝うと言ったが、レオは無理をさせたくないから思いとどまらせた。
レオとハクは施設内で移動が許される場所全てに足を運んだ。カミーユはどこにもいなかった。
食事中の収容者達に手当たり次第にカミーユのことを尋ねたが、今朝見かけたという人は誰一人としていなかった。
レオとハクは仕方なくミナトが座る席に行き、そこで他の収容者からかなり遅れて朝食をとった。
「カミーユ……一体、どこに行っちまったんだ……」
ハクは食事も喉を通らないようで、暗く顔で呟いた。
レオもミナトも、最悪の事態も考えられた為、かける言葉が見つからなかった。
食事を終えた後、レオとミナトはハクを部屋に送り届けてから、二人でカミーユの部屋に行った
レオがカミーユ自家製の簡易端末を手に取った。
EMP放射の影響で完全に壊れていて、電源自体が入らなかった。
昨晩、カミーユと別れてから、今朝、失踪に気づくまでの間、監視カメラが壊れていた為、何が起きたのか確かめる術がなかった。
施設を管理している統合監視センターや行政機関の仕業なら、堂々と連行するだろうかせ、目撃者がいてもおかしくないが、それすらいない。
一体、誰が、何の目的で……。
「まさか、カミーユが、自分から……」
ミナトの呟きに、レオは首を横に振った。
「その可能性は低いと思う。昨日、君が意識を失っていた時、カミーユも逃げ出さない方が得策だと言っていたから。それにカミーユは、こんな形でいきなり姿を消す奴じゃない」
その言葉には、確信に近い感情が滲んでいた。
レオは正面玄関に向かった。
ミナトも後ろからついてきた。
普段は決められた時間以外は部屋にいないといけなかったが、監視カメラと各種センサーが壊れて監視の目も緩くなっているせいで、かなり自由に動き回れた。
レオは固く閉ざされた正面玄関を見つめた。正面玄関自体はガラスの自動扉だが、もう一枚、一枚板の鋼鉄製の鉄板が下りていて、蓋をする形になっている。
「レオ」
ミナトが肩を並べた。
彼女は分厚いジャケットの上に銀灰色のブランケットを纏い、唇にわずかな血の気を取り戻していた。
「何を考えてる?」
レオは答えなかった。
扉は固く閉ざされた扉を見ていると、心が塞ぎ込むような感覚にとらわれる。
「作戦は上手く行った。だから近いうち確実にここを出られる……それなのに、カミーユが……」
レオが苦しげに言った。
「あなたの責任じゃない。あなたにも、私にも、どうすることもできなかった」
ミナトが慰めるように言った。事実だった。囚われの身である以上、同じく囚われる身である仲間を守る術などない。
「カミーユが、俺達に与えてくれたんだ。この絶望の中で、ここから生きて出られるかもしれないという、たったひとつの希望を」
ミナトは目を伏せた。少し間の後、決意したように、真正面を見据えた。
「私たちで、必ず、見つけ出そう。いいえ、絶対に、見つけ出そう。彼女は必ずどこかで生きている」




