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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第五章 選択と変化
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第八節 突然の失踪 1

――統合隔離観察施設〈第七調整区画〉・管理棟地下アーカイブ室付近。


 突如放たれたEMP波は、まるで沈黙という名の濁流のように、地下空間に張り巡らされたあらゆる電子系統を呑み込んだ。照明は瞬時に沈黙し、制御パネルの光も断ち切られた。レオの腕に抱かれたミナトは、まだ意識を失ったままだ。


「ここにいては危険だ」


 レオはカミーユに短く告げ、廊下に面した一つのドアを押し開けた。中は薄暗く、棚や簡素な家具、そしてくたびれた長椅子がいくつも並んでいる。職員たちの休憩室なのだろう。漂う空気には、わずかに消毒液と旧式の機械油の匂いが混ざっていた。


 レオはためらうことなくミナトの身体を長椅子の上にそっと横たえた。彼の腕の中にあった体温が離れ、空気の冷たさが代わりに肌を撫でる。そこへカミーユが近づいてきて、短く言った。


「ちょっと、あっち向いてて」


 レオは黙って頷き、視線を外す。カミーユはミナトの上半身を優しく抱き起こし、灰青色の生活管理服を背中の途中までまくり上げた。柔らかな布地が擦れる音が静かに響き、すぐにその動きが止まる。


 彼女の指先が確認するように背に触れる。沈黙がひとしきり過ぎた後、カミーユが安堵を含んだ声で言った。


「大丈夫。火傷もないし、皮膚も綺麗。たぶんビームが神経に干渉しただけで……当たった場所が悪かったのね。一時的な気絶だと思う」


 そう言いながら彼女は身を起こし、入口の方にさりげなく視線を送った。誰かが来ないかを警戒しているのか、それとも思考を整理しているのか、しばし目線が宙をさまよう。


 レオは彼女の手際に言葉を向けた。


「ありがとう。助かったよ」


 その声には、張り詰めていた緊張が少しだけ解けたような柔らかさが滲んでいた。


 そのとき、天井隅のスピーカーから、ノイズ混じりの機械音声が響いた。


『全館注意。EMP波動を検出。現在、非常モードへ移行中。外部接続はすべて遮断されました。全職員は最寄りのセーフゾーンに待機してください。館内すべての扉をロックしました。解除には管理者の承認が必要です』


 音声が止むと、場の静寂がいっそう際立つ。レオは息をつき、静かにカミーユに尋ねた。


「逃走用の経路は考えてあるのか?」


 カミーユは頷きかけ、少し眉を寄せた。


「扉のロックまでは想定してなかったけど……逃げ道自体はある。設備配管用のスペース。電気配線や排水管の保守点検用の経路を通れば、そこから災害用の地下連絡通路に出られる」


「それなら、落ち着いたら、ここを出よう」


 レオは壁に背を預け、目を閉じた。


 数分、あるいは数十分かもしれない時間が過ぎた。空調は止まり、空気の流れさえ鈍く感じるほどだったが、それでも外からは何の音も届かない。


 焦燥はやがて疑念に変わり、レオの額にうっすらと汗が浮かんだ。


「……妙だな」


「何が?」とカミーユが訊く。


「通常、こういう場所でEMPが使われた場合、施設側はEMP防御室に保管されている戦闘用アンドロイドやドローンを起動して、収拾に動くはずなんだ。それがまるでない」


 言いながらレオは立ち上がり、扉まで歩き、ゆっくりと手をかけた。電子ロックはかかっているはず――しかし、音もなく、簡単に開いた。レオがそっと覗いた廊下は、誰もいない。影すらなかった。


「……やっぱり」


 レオはドアを閉め、カミーユに向き直った。


「もしかすると、俺たちは利用されたのかもしれない」


「どういうこと?」


「考えてみろ。警備は手薄で、外部への情報送信も成功した。出来過ぎてる。……誰かが、わざとそうさせたんだ」


「内部の協力者がいるってこと?」


 カミーユの目がわずかに細められる。


「そうかもしれない。施設の警備部門の中に、統一政府のやり方に反発してる連中がいるとすれば、俺たちの動きに乗じて、情報を外に出したがっていた者が手を貸した……そんな可能性もある」


 カミーユは肩をすくめた。


「だとしたら……下手に逃げないほうがいいってことになるね」


 レオは静かに頷いた。


「そういうことになる」


 ふたりはミナトを再び抱き上げ、管理棟の階段室へと向かった。制御システムがやられているせいでエレベーターは停止している。足音を最小限に抑えながら、レオたちは一階まで静かに昇っていった。


 地上階に出る扉も、奇妙なほどすんなりと開いた。照明は緊急用の赤い誘導灯のみが点いており、辺り一面が鈍色に染まっていた。


「……言ったとおりだろ?」


 レオが呟くように言う。


「さっきの館内放送では、ロック解除には管理者の承認が必要って言ってた。それがこうして解除されている。誰かが俺たちを助けてるんだ」


 カミーユは肩を上下させて呼吸を整えた。


「思い切って動いて正解だったね」


 そう言いながら、ふたりは静かに施設内を進んでいった。薄闇のなか、無人の廊下を通り抜け、やがて〈分類待機ユニット〉――自分たちの部屋がある第四層へと戻ってくる。


「ここでお別れだな。俺はミナトを部屋に連れて行ってから戻る」


「気をつけて」


 レオは頷き、慎重に通路を抜け、ミナトの個室へと入った。


 その部屋は、まるで何事もなかったかのように静かで、変わらず整えられていた。ベッドにミナトを寝かせ、その頬を軽く叩く。呼吸は安定している。だが、しばらくして――


「……レオ……」


 ミナトがゆっくりと目を開けた。


「ミナト! ミナト……!」


 レオは声を震わせ、笑った。どこかで心の奥にわだかまっていた不安が、少しずつほどけていくのを感じながら。


「よかった。俺のせいで、すまない」


「……作戦は……うまくいったの?」


「――ああ、完璧に、な」


 レオの返事に、ミナトは小さく息を吐いて、微笑んだ。その微笑みは、どこか夢のように儚く、そして確かなものだった。

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