第七節 監視者 1
レオたちがアーカイブ室の冷たい空気の中に身を沈めていた、その頃――。
統合隔離観察施設〈第七調整区画〉の管理棟最上階、通称「監視部」と呼ばれる四百平方メートルの広大な空間には、張り詰めたような静寂が流れていた。
壁面を覆う巨大なホログラムディスプレイが、施設全域の映像、熱源センサー、重力変動ログを投影し、天井の低い空間に淡く青白い光を放っていた。
その中央、円形のオペレーションテーブルを囲むように五人の監視担当者が端末に向かっていた。最奥に座すのは、この監視部の責任者――機械人類の井尻康太郎だった。
趣味は釣り。肩の丸みと穏やかな声色に、どこか古風な人間味を残しているが、その瞳は静かに鋭く、二重の虹彩が画面に映る一つ一つの情報を正確に拾い上げていた。経験に裏打ちされた直観と、機械人類ならではの演算能力。その両方が彼の判断を支えていた。
「……地下区画で微細な重力のゆらぎ。誤差の範囲内だが、ちょうどカミーユたちが移動した直後のようだな」
井尻の落ち着いた声に応じたのは、スリムな体格の尾崎隼人だった。端末に軽やかに指を走らせ、ログを丹念に照合してゆく。
看守たちと異なり、警備室に詰めている警備担当の彼らは、収容者たちの名前を覚え、番号では呼んでいなかった。もっとも、要注意人物限定で、その他の収容者たちは番号、名前、何れも覚えていない。
「ドローン監視の異常、アーカイブ室付近で集中しています。外部送信の形跡は見当たりませんが……内部で何か処理が走っている様子」
「データ変動の帯域、想定値を超えているな。内部での情報抽出か、それとも……」
島崎陽佐志が目を細め、言葉を探すように呟いた。彼の表情に動揺はなかったが、視線には緊張が宿っていた。
「……外部干渉の兆候は見られません。セキュリティレイヤーも突破されていない。接続ログはすべて内部発信。むしろ不審なのは、その“アクセス権限”の方です。正規登録された職員のIDではない――仮想IDのように見せかけているが、プロトコルはかなり古いタイプのものだ」
「古い?」
河内悠真が椅子を回し、興味を引かれたように問う。
「この施設ができた頃の――おそらくは、システムの初期段階で使われていた認証形式だ。通常なら失効しているはずだが……一部、今でも生きているルートがある。記録には残らない旧式の管理階層。つまり、完全な“非公開ゾーン”にアクセスしてる可能性がある」
「……まさか、アーカイブ室の中にそんな旧式の領域が残っていたのか」
山田翔健が低く呟いた。柔らかな声音だったが、そこには予感めいたものが滲んでいた。
「……施設の全容を把握していると思っていたが、我々にも“見えない場所”があるらしい」
井尻が短く唸り、画面に映るアーカイブ室の映像へと視線を向けた。
「やはり、このカミーユという少女は、ただ者ではないな。監視の目を掻い潜る技術、自身が収集している情報を外部に感知されぬよう工作する能力。まるで訓練を受けた諜報員級だな」
腕を組み直しながら、井尻の声にわずかな迷いが滲んだ。彼の中には、かねてより揺れ動くものがあった。
この制度は、果たして正しいのか。
登録義務化とは、個体を守るための制度なのか。それとも、個体の自由を制限するための枷なのか。
自分のような機械人類に、その答えを問う資格があるのか――。
「……政府の中枢が“制御”と“安定”を優先するのは当然だ。しかし、それがすべてだとは思えない。個体の尊厳や選択の余地を犠牲にするような制度は、いずれ限界を迎える」
静かに発された井尻の言葉に、誰も異論は口にしなかった。
尾崎も、島崎も、河内も、翔健も。ただ黙々と、それぞれの端末に向かい続けていた。
彼らにとって、政府方針は単なる“前提条件”にすぎない。すべてを肯定するわけでもなく、反旗を翻すでもなく、ただ自身の職務を全うしているだけだった。
五人の指が端末を走り、冷たい光がオペレーションテーブルに反射する。画面には、アーカイブ室の扉付近に立つレオの姿が一瞬、捉えられた。
――だが、その時だった。
突如、監視室の天井に設置された赤色灯が激しく点滅し、甲高い警報音が鳴り響いた。
「警報!? どういうことだ」
尾崎が顔をしかめて叫ぶ。
「……これは……外部送信の兆候をシステムが検出したようです。内部情報を外部に流そうとしているようです!」
島崎の報告に、監視室全体が緊張に包まれる。直後、自動警備システムが起動。
アーカイブ室周辺に配置されていた監視用ドローン一体と、待機していた警備用ドローン四体が連動し、警告もなくアーカイブ室へと突入していった。




