第六節 遮断 4
「これからどうするんだ?」
レオの問いに対し、カミーユは無言のまま室内を奥へと進んだ。
やがて、ぼこぼこと波打つ劣化したビニールシートを手で払いのけ、その下に隠されていた何かを露わにする。
姿を現したのは、見るからに旧式のビルトイン型外部通信装置だった。
灰色の筐体には多数の古びた計器が並び、操作盤の端々には時間の経過を示す錆と摩耗が刻まれていた。
レオはそれを、かつて見た古い映像の中でしか目にしたことがなかった。
「この装置……旧世代どころか、五十年以上前のものね。よくぞこんな骨董品が残っていたものだわ」
ミナトが驚きと呆れを混ぜた声で言った。
「そんなに古いのか?」
レオも顔をしかめ、ミナトに問う。
「この建物が、今年で竣工八十年らしいから……おそらくその当時は、最新鋭の通信装置だったんだろうね」
カミーユは装置に電源を供給し、システムの起動を開始する。
鈍い光を放ちながら、モニターが点灯し、各種計器類が微かに震えて動き始めた。
彼女は操作盤に手を添え、流れるような動作で起動手順を進めていく。
「随分と手慣れているな。使ったことがあるのか?」
レオの問いに、カミーユは淡々と答えた。
「まさか。ただ、内部に保存されていたマニュアルとチュートリアルのおかげで、何とかなる程度には」
「でも、こんな旧式の装置で外部と連絡なんて……通じるの?」
ミナトが不安そうな声を漏らす。
「ビルトイン型だったのが幸いした。この装置を動作させるための機械系はまだ生きていたし、外部との送信網にも接続できた」
安堵の色を浮かべるレオとミナト。しかし、カミーユの表情は引き締まったままだった。
「……ただし、通信容量は著しく低いし、転送速度も極めて遅い。下手をすれば、送信に数十分かかるかもしれない」
二人の表情が一気に陰る。カミーユが続けた。
「不特定多数に送信する設定にはしたけど、送信元を匿名化しているため、サイバーパトロールの監視システムに“異常通信”として検知され、遮断される可能性がある」
声にこそ出さなかったが、三人は皆、重たい沈黙に包まれた。失敗すれば、逃げ場はない。最悪、命を落とすことすらあり得る。
だがレオは、意を決したように口を開いた。
「構わない」
その瞳には決して揺るがぬ意志が宿っていた。
「何もしなければ、それでもう“負け”なんだ」
彼が言葉にしなかった想い──それは、今ここで真実が公にならなければ、ミナトがこの施設から連れ去られ、何をされるかわからない、そんな切迫した現実だった。
彼女を守るには、もうこの手段しかないのだ。
「……こんな非人道的な行為、絶対に許されるべきじゃない」
ミナトも静かに応じた。だがその声音の奥には、統一政府の冷酷な差別と暴力に対する、燃えたぎるような怒りが秘められていた。
カミーユは決意のこもった表情で言った。
「選ぼう。私たち自身の、生きる道を」
彼女は端末上で送受信プログラムを起動し、滑らかに指を動かしていく。
数秒後、アクセス認証コードの解析が開始され、制御層に仕掛けられていた暗号鍵が一つずつ解除されていく。
施設の電子記録──公文書、映像、音声、各種ログ──それらを添付データとして次々にまとめ、複数の送信先へ一斉に送信を開始する。
送信率は1%、2%、3%……。
わずか1%を進めるのに数秒を要し、進捗は遅々として進まない。
その時だった。
突如、鋭く響き渡る警報音が空気を切り裂いた。
アーカイブ室は赤い警告灯の点滅に包まれ、廊下側の扉が開く。
侵入してきたのは、複眼センサーを備えた監視ドローン一体と、警備用ドローン四体だった。




