第六節 遮断 2
ハクは、自分に割り当てられた殺風景な部屋に座っていた。コンクリートの壁、無機質な天井。窓はなく、時刻の感覚も曖昧になるような空間だった。
手元の小型端末が、わずかに光を放っている。
これはカミーユが作らせたものだ。彼女は、ハクにも情報伝達用のパーツを与えていた。ただし、それは彼を作戦の一員として数えた証ではなかった。むしろ、その逆だった。
カミーユが今夜決行するという告発作戦にハクを加えなかったのは、彼を除け者にしたいからでも、能力が劣っていると見なしたからでもなかった。
本当は、誰にも危険な目に遭ってほしくなかった。ただそれだけだった。
彼女は、すべてを自分一人でやろうとしていた。けれど、どれほど綿密に作戦を練っても、一人では物理的に不可能だった。人手が要った。少なくとも信頼できる人間が二人は必要だった。
同じ施設に収容されていたミナトが、近いうちに被害を受ける可能性が高かった。そしてそのミナトと親しくしており、施設に連行される以前から顔見知りだったのが、レオだった。
それが、レオとミナトを決行メンバーに選んだ理由。そこに他意はなかった。
けれど、ハクは誤解するだろう。カミーユにも、それはわかっていた。
夕食の直前、端末が震えた。画面には簡素な文字列が並んでいた。
『今晩、不正に関する情報を施設外に流出させる。もしも明日、私とレオ、ミナトがいなかったら、あなたは施設から脱走して。そしてここで行われていることを外の人達に伝えて』
――C.V.
添付されたファイルには、施設内の不正を裏づける証拠と、脱走に使える経路が記されていた。ハクは震える指先でファイルを開き、目を走らせる。そして――
「嘘だろ……。この施設で、こんなことが……」
喉の奥が凍りついた。吐き気に似た圧迫感が、胸を襲った。
その夜、食堂では何事もなかったかのように、いつもの食事が配られていた。収容者たちは無言で食事をとり、スプーンと皿の小さな音だけが、低く食堂内に響いていた。
ハクは、いつもと同じ場所に腰を下ろし、向かいのテーブルにいるレオ、ミナト、カミーユの顔を一人ずつ見た。
「今夜の話だけど――」
声を落としながら口を開いたその瞬間。カミーユの足が、テーブルの下から勢いよく彼の脛を蹴りつけた。
「痛っ……!」
反射的に身を引いたハクを、カミーユが鋭い目で睨みつける。余計なことは言うな。そう告げる無言の圧力。
「……俺も連れてってくれ」
ハクは小さな声で、それでも意志を込めて言った。食堂のざわめきに紛れるほどの声量。
「残って」
カミーユの声は、吐息のように微かだった。
「でも……」
言いかけたハクに、再び冷ややかな視線が飛ぶ。
「俺たちは別に、きみを仲間外れにしてるわけじゃない。誰か一人、確実に動ける人間を残しておかないといけない」
レオが静かに語りかけた。パンを手にしながらも、視線はテーブルの一点に留まっていた。
「あなたに任されていることは、実は一番重要な任務なの。もし私たちが捕まったり失敗したら、あなたがひとりで動かないといけなくなる。……本当は、申し訳ないくらいなのよ」
ミナトがスープを口に運びながら、誰にも悟られないように淡々と、しかし感情を込めて言った。
ハクは黙った。だが、その目には葛藤が滲んでいた。
「全員で突っ込んで全滅したら、誰も真実を伝えられない。それだけは絶対に避けないといけないの」
カミーユが瓶詰めの牛乳を一口飲みながら、ぽつりと呟いた。
「それに、本当は……参加人数は少なければ少ないほどいいんだ。バレにくくなるし、動きも速くなる。わかってくれ」
レオが噛みしめるように言った。
しばしの間、沈黙が訪れる。
「……わかった。みんなの健闘を祈るよ」
ハクはようやく口を開いた。
彼はまだ、諦め切れてはいなかったし、言葉には納得しきれない思いが滲んでいた。
だが、それでも筋は通っていたし、これ以上食い下がれば、駄々を捏ねる子どものように見えるのが嫌だった。
だから言われた通りに我慢することにした。




