第一節 選別された日常 7
その街の一角――通称「ボーダーズ」に、レオが目指していた食堂があった。店名は《オアシス》。仄かな暖色灯がもれるその店は、外から見ると何の変哲もない小さな飲食店に見える。しかし、ここは社会の「周縁者」たち、いわゆる**混ざり者(境界人)**の溜まり場として知られていた。
入り口のドアを押すと、小さなベルが控えめに鳴る。レオは帽子を脱ぎ、肩に落ちた枯葉を軽く払ってから中に入った。店内は意外なほど静かだった。席の半分は埋まっていたが、どのテーブルも、客たちは黙々と食事をとっていた。ひとりで、あるいは少人数で、会話のない空間。ここでは沈黙こそが安心を与える。
レオもまた、その一人だった。角の席に腰を下ろすと、端末メニューを呼び出し、特に迷うこともなく「栄養バランス定食A」を選んだ。しばらくして、淡い光沢を持つサーバロイドが静かにトレイを運んでくる。合成米、培養肉、野菜の再構成スープ。味は悪くない。だがそれ以上に、この店の最大の価値は「放っておいてくれること」にあった。
周囲には、自分と似た存在がいた。顔立ちは人間だが、肌の質感が不自然に滑らかすぎる青年。義眼と義耳の女性。明らかに人間離れした腕のラインを隠そうともせず、無表情でスープを啜る男。
彼らは、ヒトであり、ヒトでない。社会の「設計図」に適合できなかった者たち。
かつて、自分も同じように見られていた。いや、今もそうだ。父がアンドロイド、母が現生人類。しかもその間に生まれた自分は、人間の形をしているが、法的にも社会的にも「何者でもない」。子どもの頃、どれだけの罵声と視線に晒されてきたか。
「合成児」「ヒトモドキ」「親を間違えた失敗作」――呼ばれた言葉は忘れていない。友人はできなかった。教師さえ、彼のことを扱いあぐねていた。
それでも、ここでは違う。誰も詮索しない。誰も期待しない。誰も近づいてこない。
ふと、店の奥の席で、無表情に箸を動かしていた少年と目が合った。彼もまた一人で、同じように静かに、淡々と食べていた。
目が合った瞬間、少年は目線を逸らすこともせず、わずかに顎を引いた。それは――無言の挨拶。
レオもまた、軽く目を細めて、うなずいた。言葉はいらない。
ここでは、それがもっとも自然なコミュニケーションだった。