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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第五章 選択と変化
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第四節 境界の子どもたち

 ポッドが、まるで都市の息遣いから切り離されたかのような、広場のように何もない場所で静かに停まった。地面は専用ローラーで転圧され、細かな砂粒と乾いた土が押し固められている。その無機質な大地には、自然の柔らかさも、人工の秩序も感じられなかった。

 長い揺れの果てに、ようやく重い扉が機械的な音とともに開いた。冷たい外気が肌を撫でるように入り込み、どこか乾いた金属音が空間に反響する。レオは一歩、無意識に足を運んだ。

 そこは、都市の片隅にひっそりと設けられた、巨大な構造体の内部だった。

 全体は鈍く濁った灰色のガラスで囲まれており、見る者に透明感ではなく、逆に不透明な緊張と隔絶感を強く印象づける。光を透過するはずの材質が、なぜか光を吸い込み、沈黙へと変えてしまうかのようだ。

 天井は驚くほど高く、その遥か上方に設けられた細長い天窓から、太陽の柔らかな光が斜めに差し込んでいた。昼を陽光は穏やかなはずなのに、この施設ではどこか遠く、まるで仄暗い牢獄の灯のように感じられる。

 レオの視線の先に、威容を誇る建造物がそびえていた。それこそが、「第七調整区画・統合隔離観察施設」、通称・第七隔離施設だった。

 今日から彼が生きる場所。そして、分類不能とされた存在たち――制度の網の目からこぼれ落ちた子どもたちが静かに収容される場所。

 施設の正面、冷たく固められた地面の上には、濃緑地に金のボタンを配した制服を着た五名の機械人類の男性が立っていた。いずれも厳つい顔つきで、年齢は中年、体格は屈強、その顎には無精髭が生い茂っている。ここがどういう場所なのか、その風貌が何よりも雄弁に物語っていた。

 その中の一人に、レオは口を開いた。

「施設には入れないのか?」

「正面玄関が開く時刻は、一時間ごとに設定されている。それまでは入所できない。扉が開いたら、その時刻までに広場に到着した者全員で一斉に入所する」

 返ってきた言葉は無愛想かつ高圧的で、機械的な抑揚さえ感じられた。

 レオの乗ってきた搬送ポッドの隣に、同型のポッドがもう一台、更にもう一台と、まるで予め定められたタイミングで滑り込んでくる。やがて十数台が整然と並び、自動ドアが音もなく開いていった。

 その扉の奥から現れたのは、年齢も、肌の色も、身体のサイズも異なる、少年少女たち。

 誰一人、言葉を発しなかった。

 互いに顔を合わせることもなく、目線はただ足元に向けられ、空気のようにお互いの存在をやり過ごしていく。しかしその沈黙の中には、はっきりとした共通項があった。

 どこにも所属できない者特有の、曖昧なまなざし。言い換えれば――

 境界に生きる子どもたち。

 自己の所在も、定義も持たない魂だけが宿しうる――「不確定なまなざし」だった。

 更にしばらく経つと、新たなポッド静かに広場へ滑り込んできた。扉が開き、そこから現れたのは、ミナトだった。

 レオは駆け寄ると、すぐに声をかけた。

「やはり君も、登録保留にしたんだな」

「ええ。覚悟は決めたつもりだったけど……、いざとなると、登録ボタンを押せなかった」

 二人の会話が、沈黙をまとっていた少年少女たちの耳に届いたらしい。狐につままれたような表情で、何人かがレオとミナトに視線を向けた。

 そのうちのひとり、赤銅色の髪を持ち、身長が異様に高い少年が近づいてきた。瞳には鋭さと怯えが同居していた。

「それ、どういうこと?」

 問われ、レオとミナトは一瞬、視線を交わす。

「俺、ハク・カディールって言います。中東系と北欧系の遺伝子を複合した第二世代の超人類なんだけど……一部の遺伝子が変異しちゃって。結果、超人類でも現生人類でもない、分類不能ってことになったんです」

「俺は大川戸レオ。父がアンドロイド、母が現生人類の混ざり者だ」

「私は篁ミナト。出生時の記録が残ってないので、ここに来てる」

 二人がそう応えると、ハクの目が見開かれた。

「父がアンドロイド、レオ……って、もしかしてあんたがあの噂になってるレオ・アーク?」

 その名前に、レオはわずかに眉をひそめた。世間では彼の父・シリウス・ゼノン・アークの名から、レオの姓を「アーク」だと誤認している者が多かった。

 ただ、レオにとって、正体が広まることを避けられて、むしろ都合が良かった。

「俺の姓が本当は“大川戸”だってこと、誰にも言わないでくれ」

 レオが釘を刺すように告げると、別の声が割って入った。

「へえ、あなたがレオ・アークなんだ。シリウス博士に息子がいて、4人種類融和の象徴になるって例の。ただの都市伝説の類だと思ってた」

 琥珀色の褐色の肌、煤けた黒髪の少女だった。

「私はカミーユ・ヴァレス。旧南米連邦圏出身。強化遺伝子は持ってないけど、AI細胞補助型神経回路を持っているせいで、非分類個体にされた」

「俺の苗字の話は──外では絶対にしないでくれ。知らない誰かの耳に入ると、厄介なことになるかもしれないから」

 レオはどこか困ったように言った。

「私は篁ミナト。よろしく」

 ミナトがカミーユに名乗ると、ハクに顔を向けて尋ねた。

「ところで、何か気になっていることがあるんじゃないかしら?」

「さっき、登録を保留してここに来たって言ってたけど、それってどういう意味ですか?」

 ハクの問いに、レオとミナトは一瞬、言葉を失った。

「そういうことか」

 ぽつりとカミーユが呟き、口を開いた。

「私は分類不能だったから、更に詳細な検査と分析が必要だって言われて、個体特性精査・識別センターからここに送られた。ハク、あなたもでしょ?」

「そうだよ」

 ハクが頷いた。

「そんな……個体特性センターでは、検査の後に結果を聞かされて、登録の選択を迫られるんじゃないのか?」

 レオが不信の色を露わにする。

「人によって、対応を変えてるってことみたいね。気味が悪いな」

 ミナトが共鳴するように呟いた。

「あの差別主義者の統一政府の役人どもが、裏でどんな汚いことをしてようと、別に驚きはしない」

 カミーユの言葉には、剥き出しの憎悪が混じっていた。

「俺らは“どれでもない”。どれにも属せない。けど、どれかにならないと、生きられない。一体、俺らが、何をしたって言うんだ……」

 ハクの声は、悔しさに震えていた

「彼らにとって、私たちは──人間ですらないんだよ。 人間を種類で分けて、生物学的に仕分けして、制度で定義する……そんなもの、全部間違ってる」

 カミーユは、怒りを喉の奥に押し込むようにして言った。

「時間になった! 全員、整列して順番に入所する!列になれ!」

 係員の指示に従い、広場にいた人間は列を作った。そして誘導されるまま、彼らはガラスの自動扉を抜け、建物の内部へと足を進めた。

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