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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第五章 選択と変化
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第一節 告知 3

 自律移動ポッドは無音で滑るように街路を進み、やがてレオの居住ブロックの最寄りステーションに到着した。透明なキャノピーが開くと、冬の空気が流れ込んできた。


 レオは帽子をかぶって外へ出た。午後の光は陰り、街全体がどこか緊張したような空気を纏っていた。住民たちは足早に行き交い、政府からの“登録要請”をめぐる噂が街の隅々にまで染み渡っているようだった。


 ふと、視界の端に異質な気配を感じ、レオは立ち止まった。


 そこにいたのは、あの男だった。


 背広に身を包み、通りの一角に静かに佇んでいる。黒のスーツは光を吸い込むように重たく沈み、肩幅の広い体躯と内側に張り詰めた筋肉のラインが布地越しにも伝わってくる。そして、あの目──人間のようでいて、人間ではない。冷静すぎる視線。感情よりも計算が先に立つ、演算の冷光。


「確か、グレイ・ナース……だったな」


 レオは小さく名を呟いた。


「……お待ちしていました、大川戸レオさん」


 低く、重たい声が空気を押し下げた。耳に響くその声音には、どこか重金属のような確かさがあった。


「何の用だ」


 レオが問いかけると、グレイ・ナースはわずかに顎を動かして歩き出す。


「ここでは少々話しづらい。……少し付き合ってもらえませんか」


 その言葉に躊躇いを覚えたものの、周囲に人影がまばらであることを確認し、レオは頷いた。


 二人はステーションの裏手にあるメンテナンス用通路へと足を踏み入れた。簡易シャッターで外界と隔てられた狭い空間。風の通り抜ける音だけが響く中、グレイ・ナースは本題に入った。


「……登録要請の件は、既に聞いているでしょう」


 レオは黙って頷いた。


「我々、進化政策局・特務計画部は、あなたに対して、特別な枠組みで対応を考えています」


 グレイは滑らかに言葉を紡いだ。


「大川戸さん。あなたがトランス・ウルトラ・ヒューマンへの移行を選択すれば、我々の方で“純血種”としての認定手続きを優遇するよう働きかけることが可能です」


「“純血種”……」


 レオはその言葉を呟き、鋭く目を細めた。「まさかとは思うが……今回の政府の暴挙。あんたらの仕業じゃないよな? 無理にでも“選択”させるために」


 一瞬、グレイの表情が揺れたように見えたが、それはすぐに無感情な仮面に戻った。


「そこまでの力があれば、もっと楽にことを進められるのですが」


 グレイの声はあくまで静かだった。レオは探るようにグレイの瞳を覗き込んだ。


「それもそうか……」


 レオは唇を歪め、乾いた笑みを浮かべた。


「だが、あんたの“冷静さ”は──何かを知ってるようにも映る」


「警戒心を持つのは当然です。しかし、我々の提案は善意に基づいています」


 グレイの口調は一貫していた。


「それに、我々の提案を拒めば──あなたは、後悔することになるかもしれません」


 その声は、決して声量を上げることもなく、淡々と静かに紡がれた。だが、その沈着さゆえに、むしろ言葉の温度が感じられなかった。


 レオの瞳が細まり、その奥に、微かに揺れる火のような光が宿る。


「脅迫しているのか?」


 言葉は乾いていて、感情は、あえて抑え込んでいた。それでも、その奥に怒りと警戒が潜んでいることは、容易に察せられた。


「いえ」


 グレイ・ナースは微かに首を横に振った。


「“選択肢”の提示です」


 彼は、ゆっくりと一歩を踏み出した。その動きは、決して敵意を帯びたものではない。だが、その歩調には、寸分の迷いもなかった。


「あなたが何者であるのか。政府がそれをどう捉え、どう扱うのか。それは我々の関知するところではありません」


「……」


「ただ、仮にあなたが現状のまま、どこにも属さず、誰にも庇護されずにいるなら──政府があなたにどんな対応をするのか、それは私にも予測できません」


「……」


「私たちは、そうならないための“道”を提示しているのです。あなた自身だけではありません。あなたの母君、御父上にも、望まぬ火の粉が及ぶ可能性がある。だが、こちらの提案を受け入れてくだされば、そのようなことは起こりえない。むしろあなたは、我々の保護を受ける立場になれる」


 レオは静かに目を閉じた。


 長い息が喉奥から漏れ、冬の夜気に溶けていった。


 思考が巡る。疑念も、怒りも、恐怖も。それらすべてを飲み込みながら、レオの胸中には、一つの答えだけが残った。


 やがて、ゆっくりと目を開いたとき、その視線には揺るぎのない意思があった。


「その気はない」


 言葉は短かったが、確固たる拒絶だった。


「俺の人生は、後悔しないための選択で動かされるべきじゃない。仮に酷い目に遭うことがあったとしても、それが自分の選んだ道なら──後悔はしない」


 グレイは微かに目を細めた。その視線は、相手を値踏みするものではなかった。ただ、静かに、レオの顔を見つめていた。


 やがて彼は、わずかに頷く。


「……承知しました」


 それだけを残し、グレイ・ナースは踵を返した。足音はまるで空気の中に吸い込まれるように静かで、闇の中へ溶けるように姿を消していった。


 レオはその背中を見送ることなく、夜空に目を向けた。


 雲の切れ間から覗く星々は、どれも同じ距離にあるようでいて、決して手の届かない場所にあった。

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