第一節 告知 2
二人は必要な事務手続きを終えると、一度別れ、それぞれの担当部署へと向かった。
レオは指導担当のケイ・イノセ、そしてアシスタントの日野に事情を説明し、短いながらも真摯な感謝の言葉を伝えた。
一方、ミナトは第二研究ブロックの部門統括として多くの知己を持つ立場にありながら、レオという例外を除けば、自身の出自を誰にも明かしてこなかった。
所内を静かに巡りつつ、「少しの間、休職することになりました」とだけ穏やかに伝え、当面の業務については「お任せします」「よろしくお願いします」と一人ひとりに頭を下げていった。
挨拶を済ませた二人はエントランスで再び合流し、言葉を交わすことなく歩き出した。
やがて、自動ドアが静かに開き、白い光に包まれながら、二人は研究所を後にした。
午前の陽射しは弱々しく、冬枯れの並木道に影を落としながら、曖昧な色調で街を包みこんでいた。
レオはゆっくりと歩き出し、ミナトもそれに続く。二人は肩を並べた。靴音が舗装された歩道の上にかすかなリズムを刻む。
歩道には、AR看板が無数に踊るように点滅している。
『未分類者は、48時間以内に登録を――』
『あなたの種を、あなたの意志で。統一政府』
「……種の明確化、ね」
ミナトがぽつりと呟いた。そして続けた。
「どこに明確さがあるっていうの。こんな曖昧で、乱暴な線引きに」
「気が小さく、臆病な人間ほど、自分の存在を確かにものにする為に、線を引きたがるんだと思う」
レオがそう言うと、二人の足元を風が吹いた。世界はかすかな音を立てながら、何か決定的な変化の予兆を孕えて揺らいでいるようだった。
「それにしても、まさか、こんな形で休職になるとはね」
少し間の後、レオがぼそりと口にすると、ミナトはほんの少し眉をひそめた。
「“休職”って響き、優しいようでいて残酷ね。いずれ戻れるかどうかもわからないのに」
ミナトの声は乾いていて、空にかかる雲のように重さを含んでいた。
「統一政府の“省令”って、こんなに簡単に人の人生をひっくり返せるんだな……」
レオは足元に落ちていた銀杏の葉を避けるようにしながら言った。
言葉を切って、一旦、中空を睨んでから、レオは続けた。
「それに、州が従わなければ遮断されるなんて。狂ってるとしか言いようがない」
「しかも未成年の子どもたちまで対象に含まれてる。判断能力の未熟な子に、人類種の所属を“自己申告”させるって……」
ミナトの口調は怒りとも悲しみともつかない色で震えていた。
「ねえ、レオ。あなたは……どの人類種に属していると思う?」
彼は歩を止め、しばらく黙ってから口を開いた。
「答えが出せたら、こんなに悩まないよ」
レオは自嘲気味に笑った。
「“みなし超人類”って言われてはいるけど、父はアンドロイドで、母は現生人類。精子は人工合成、僕自身の出生証明だって特殊処理されてるし……。心のどこかでは、自分が“人間”でさえあるのかどうか、不安になることもある」
ミナトは足元に視線を落とし、ぎゅっと拳を握った。
「私も似たようなものよ。現生人類として登録されてるけど、実際には超人類の遺伝子を一部使われている。でもその“超人類”にもなりきれなかった。出生記録はなすし……私も、ずっと“混ざり者”だった」
レオは彼女の横顔を見つめた。その目には、何かを捨てきれないような強さと脆さが同居していた。
「……登録を拒否したらどうなるんだろう?」
レオの問いに、ミナトは答えず、空を見上げた。薄曇りの空に、ドローン型のパトロール機が静かに旋回している。
「統一政府は、どれだけの人を篩にかけるつもりなのかしら。出頭して分類されたら、それが未来を縛る鎖になる。けれど、出頭しなければ、生きていく手段そのものを絶たれる。どちらを選んでも、自由は失われるのね」
「そういう選択を“自由意思”って呼ぶなら、それは詐欺だ」
レオは小さく吐き捨てるように言った。
ふたりはしばらく言葉を失い、ただ歩いた。通りには登録を促すホログラム広告が浮かび、街のあちこちで見慣れない装甲車が配置されているのが目につく。
どこへ行っても逃げ場はないのだ、とレオは思った。




