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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第一章 境界に生きる者
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第一節 選別された日常 6

 空には鈍い灰色の雲が低く垂れ込めていた。その下で、気象制御塔から放たれる高高度ホログラム灯が、薄曇りの空気を透かしながら、都市に柔らかな光を拡散させていた。木々の葉はすでに色づき始めており、風に吹かれて舞い上がった赤や黄の葉が、光の粒子のように空中を漂っていた。光と落ち葉が交じり合い、視界はどこか霞んだような、淡い金色に染まった幻のような景色へと変わっていた。


研究所の正面ゲートを抜けたレオは、薄曇りの空の下、ほのかに白む吐息を見つめてふと立ち止まった。終業の報告を父・シリウスに端末から送ると、即座に返信が届く。


『母さんは今日、実験の都合で研究所に泊まるそうだ。夕食は各自で頼む』


 簡潔な文章だった。無駄がなく、わかりやすい。それでも、どこか温度が一定で、感情の揺らぎが感じ取れない。


 ――けれど、それは「ない」のではなく、「抑えている」のだと、レオは思っていた。


 父はアンドロイドであり、精密に設計された知性と高性能な五感を備えていた。そして何より、感情表現もまた人間に近く――いや、場合によっては人間よりも深く、慎重に選ばれていた。


 レオにとって彼は、何よりも「家族」だった。けれど社会にとっては、それは許容されざる“越境”だった。人間と機械。親子であることそのものが、定義に収まらない異物だったのだ。


 レオは首元にわずかに忍び寄る冷気を感じて、コートの襟を立てた。自宅に戻っても食事は用意されていない。冷蔵庫には最低限の保存食があるだけで、調理に使えそうな材料も乏しかった。自動調理機は壊れたまま、修理申請は今月も後回しになっている。


 ――それに、シリウスは食事を必要としない。


 人間と変わらぬ見た目も声も、表情も感情も持ち合わせていながら、彼はアンドロイドだ。電力供給さえあれば、空腹を感じることもない。食卓を囲むという行為は、彼にとって「模倣」に過ぎない。


 それでも父は、レオのためにときおり一緒に座ろうとする。


 必要とあらば、食物からもエネルギーを得ることができる体だ。味覚も備えている。だが、それはあくまで「機能」としての味覚であり、彼にとって食事とは“必要”ではなく、“選択”でしかない。


 多感な思春期には、その気遣いがどうしようもなく息苦しかった。


「人間のふりをしてくれている」――その優しさが、どこか自分の存在を異物のように感じさせたのだ。


 だが、今は違う。


 あれは父なりの愛情表現であり、彼の誠実さなのだと、ようやく素直に思えるようになった。


 たとえそれが“人間のようなふるまい”であっても、そこにある意思と配慮は本物だ。


 今では、レオは、椅子に並んで座る父の姿を、どこか懐かしいものを見るように受け止めている。 もう、それを「無理をしている」とは感じなかった。


 端末を操作しながら、彼はある一軒の食堂を選んだ。自宅からは少し遠回りになるが、あの店なら――。


 レオは、駅前の高架歩道を抜け、都市の喧騒から外れたモノレール乗り場へ向かった。


 この時間帯、中心部を囲むように伸びた環状路線は、無人のシャトルがひっそりと往来を繰り返している。


 彼が目指すのは、市の外縁部に位置する第六階層住居境界区画――今では「混ざり者たちの街」と呼ばれ、行政すら介入を避けるエリアだった。


 そこへ向かうには、モノレールを乗り継ぎ、さらに徒歩で二十分近く歩かねばならない。街灯の数は少なく、防犯センサーの数も他の一般地域と比べて格段に少ない。


 同区域に足を踏み入れる。乾いた秋風がコートの裾を軽く揺らし、黄昏のなかに沈んだ建物群が静かに浮かび上がる。見上げると、建物の壁面に設置されたデジタル広告すら、頻繁に読み込みエラーを起こしてはちらついていた。


 街の空気は、どこか控えめだった。言葉数を減らし、目線を交わさず、なるべく波風を立てないように――この街に生きる人々は、慎ましくもしたたかだった。


 それは怯えからではない。過去の経験が教えた、「静かに生き延びる」ための知恵だった。


 レオはその空気に、安堵を感じていた。

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