第一節 告知 1
突然、それは空から降ってきたように告げられた。
「統一政府人口統合計画省は、分類不能または混合型人類に関する省令第3869576号を本日発令する。これにより、未登録の混合型個体、ならびに遺伝的改造を未申告のまま受けた者は、居住自治体に出頭し、未分類者登録簿に登録することを義務とする」
各国中央政府とその傘下にある自治州には、通告への対応を48時間以内に決定する猶予が与えられたが、もし従わなければ、その国と自治体は統一政府が提供するすべての供給線、通信網、移動ネットワークから遮断される――そう明記されていた。
この時代、社会経済のすべてはマザーコンピューター〈ノウス・コア〉に管理されている。気象、流通、医療、教育、エネルギー供給まで、人類の営みの根幹にあるあらゆるシステムが、自律的なAI制御下にある。
統一政府からの遮断とは、すなわち、その全てからの断絶。街は暗くなり、食料も水も止まり、移動もできず、外部との連絡も取れない。つまり、それは「静かな死刑宣告」に他ならなかった。
しかも、通告の内容は残酷極まりなかった。
混合型――それは現生人類、超人類、トランス・ウルトラ・ヒューマン、機械人類の遺伝子が混ざり合った者を指す。分類不可能な存在。子供ですら例外ではなかった。未成年である第三種生体型の子どもたちさえも、自己申告によって「自らの人類種を選択」し、分類に従わなければならない。
しかもその判断には成年後見人の介入は認められず、あくまで本人の意思に基づく申請が義務化されていた。
世界は一瞬にして混乱した。各国のメディアは騒然となり、世界連邦議会が緊急招集された。
人権派の議員たちは激しく統一政府を糾弾したが、奇妙なことに、長年にわたり人権擁護の急先鋒であった議員たちまでが、今回に限って一様に沈黙を貫いた。
理由は明かされず、大統領も首相も「人権侵害の意図はない」「分類制度の明確化による社会的安定が目的」といった無機質な声明を繰り返すのみだった。
それでも人々は街頭に立った。
抗議の声は地上に満ち、仮想空間〈セカンドリム〉にまでも波及した。だが、決定的な数には達しなかった。
人類のうち、もっとも人口比率が高く、社会の多数派を形成しているのは、分類済みの純粋種たち――現生人類の古い血統と、完全な超人類、トランス・ウルトラ・ヒューマン、機械人類たちだった。
彼らの多くはこの政策に無関心か、あるいはむしろ歓迎していた。
そして、レオが暮らす飛霞自治州も、例外ではなかった。
州政府からの通知はすでにレオのもとにも届いていた。『48時間以内に登録手続きを完了せよ』という赤い印字で縁取られた文面は、警告というよりも命令に近く、読む者の胸を圧迫するような迫力を持っていた。
父・シリウスと母・真凛は、その通知を目にした瞬間から酷く動揺し、不安におののいていた。
レオは努めて平静を装い、「公的機関がやることだ、滅茶なことはしないだろう」「命を取られるわけじゃないんだから」と宥めたが、その胸の内では、不安と焦燥が渦を巻いていた。
心は波立ち、言葉の裏で押し潰されそうになっていた。
朝、出勤のため家を出る。いつもと変わらぬ手順で、自律移動ポッドに乗り込む。だが、街の空気はどこかよそよそしく、冷えた冬の風のなかに異様な緊張感が漂っていた。
駅前には巨大な立体映像広告が浮かび、「未分類者は速やかに出頭を」と訴えかける無表情な男女のホログラムが、通行人に淡々と視線を送っていた。
交差点、商業ビルのスクリーン、住宅街の角々に設置されたARサインにまで、通告文が延々と流れていた。
研究所に着き、正門を通ったその時、レオは所長室への呼び出しを受けた。
嵩山所長――かつて〈エリュシオン・ノード〉の理事にも名を連ねた高名な老研究者。顔に刻まれた深い皺と鋭い眼光が、歳月の重みと揺るぎない信念を物語っていた。
所長室のドアを開けると、すでにそこにはミナトがいた。壁際のソファに腰掛け、深い沈黙の中で、伏し目がちに何かを抱えるように両手を組んでいた。
「……大川戸君、座ってくれ」
所長の声には、いつになく重たい響きがあった。
「州政府から通達が来た。君たち二人は、未分類者登録簿に記録されるまで、研究所の業務から外すように、とのことだ。これは私の意志ではない。州政府の正式命令だ」
レオは黙って頷いた。怒りや動揺よりも、ひたすら現実を把握することに集中しようとするように。
「……ミナトも、か」
「ええ。この前話した、昔受けた遺伝子調査の記録が残ってたんだと思う」
彼女はさばさばとしていた。
「だが君たちは、誰よりも人間らしい」
嵩山所長はゆっくりと立ち上がり、二人を見据えた。
「登録の無理強いも、そのことで君たちが傷つくことも、納得はできん。だが……この制度の下で命を守るためには、従わねばならぬのもまた現実だ。私は……無力だよ」
レオとミナトは立ち上がった。
「ありがとうございます、所長。俺たちは――大丈夫です」
「お気遣い、痛み入ります」
ミナトもそっと頷いた。




