第四節 知性進化因子 4
「西アジア・シグマ帯にある旧機械人類の研究拠点で、知性進化因子と類似した構造に関する研究が行われていた記録があるらしいんだが、調べに行っても、あまり収穫は得られないんじゃないかと思ってる」
レオは諦めたように言った。そして言葉を続けた。
「理論の構築はミューズとの共同で行っていて、俺は統一科学院の推薦で、数カ月間、月のラグランジュ点L2にある〈ステラ・エリュシオン・ノード〉に滞在して行っていたんだ。機密扱いだが、あそこではミューズが進化の長期的シミュレーションを行っていて、データは全て、ステラ・エリュシオン・ノード内のサーバーに保管されている。だから、俺の理論に関するデータが研究が中止になった後、どうなったのか、詳しい話は、〈ステラ・エリュシオン・ノード〉に行って、ミューズに直接聞くしかない。だから政府に、研究目的での渡航を申請して欲しいんだ」
ミナトが驚いて目を見開いた。
「ちょっと待て。冗談でしょ? あそこって、研究者の間では“ただの衛星観測基地”って扱いだったはずよ。気象データとか、惑星間通信の中継とか……」
「それは表向きの用途だよ。業務としてそれもやっているが、主目的は進化に纏わる研究だったんだ。俺の研究が中止されてしばらくしてから、閉鎖されてしまったけどな」
ミナトは、口を噤んだまま目を伏せた。研究者としての倫理と、政府の意向、そしてレオという一人の青年の決意が、胸の中でぶつかり合っている。
「……でも、政府に申請しても通らないでしょう。研究は機密扱いだった上に、今はもう閉鎖されてしまっているというんだったら」
「俺のIDはあの施設に登録されてる。この前の不正アクセス時に特任ノード研究員として登録した俺の生体情報が使われたと言っていたから、間違いなく、今でもIDは生きてる。正規の渡航申請を出せば、審査に通る可能性は十分ある。俺があそこでミューズと共に共同研究した未発表の理論が何者かに無断で使用され、社会に深刻な影響を与える可能性が出てきているのだから、当事者である俺が申請して通らない方がおかしいだろう」
ミナトはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したようにホロスクリーンを展開し、申請用の端末を起動した。
「……わかった。私からうちの研究所の名義で正規の研究遂行に必要な業務を行う為という名目で渡航申請を出しておくわ。でも、通る保証はないから、そのつもりでいて」
「ありがとう。恩に着るよ」
ミナトの指が、淡い光のパネルに触れた。軽やかな指の動きとは裏腹に、ミナトは、その申請が通る可能性は全くないと感じていた。




