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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第四章:交錯する運命
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第四節 知性進化因子 2

 統一政府の予算枠で建造されながら、その目的と存在を知る者が極めて限られていた最高機密領域――〈ステラ・エリュシオン・ノード〉。


 月の裏側、地球と月の重力が釣り合うラグランジュ点L2に浮かぶこの軌道施設は、名目上、地球外環境のモニタリングと気象観測のために建設されたことになっている。だが、その実態はまったく異なるものだった。


 人工知性〈ミューズ〉はこの施設において、地上の環境を模した複数の閉鎖生態圏を構築し、そこへあらかじめ選定・生成された複数の因子と生命体群を投入し、進化の長期的シミュレーションを行っていた。


 遺伝子操作による即時的な改変はあえて行わず、選択圧の加減、資源分配、捕食―被食の関係性の緩やかな変調など、“環境”を通じた微細な調整だけで、知的形質の自然発生とその定着を誘導するという、極めて迂遠かつ高度に倫理的配慮が施された方法論がとられていた。


 そこには、直接的な介入を忌避しながらも「知性を創り出す」という、人類が長い歴史の中で決して触れてこなかった禁忌に、静かに手を伸ばしている場所だった。


 この「知性発現の環境シミュレーション実験」こそが、この施設が作られた最大の目的だったのである。


 レオは大学院生の頃、指導教官の推薦と論文審査委員会による評価を受け、統一政府統合科学院からの特別推薦を獲得した。そしてラグランジュ点L2の軌道施設〈ステラ・エリュシオン・ノード〉にて、AI〈ミューズ〉と共同研究を行う機会を与えられた。


 研究テーマは、知性進化の環境的要因に関する理論モデルの検証。生命体の歴史における進化的跳躍の背景に、どのような環境変数が関与し得るか。


 最初から〈ステラ・エリュシオン・ノード〉に向かったわけではなかった。仮説の構築は地上の研究都市〈エリュシオン・ノード〉でミューズと共に行わされた。


 その内容を統合科学院の審査担当官が精査し、共同研究として正式に認可された後、ようやく軌道上の〈ステラ・エリュシオン・ノード〉に向かった。


 それから数ヶ月。宇宙ステーションに滞在し、ミューズによる膨大なデータ解析支援のもと、理論の基礎整備と肉付け、検証、論文の執筆に明け暮れた。


 当時は何も疑わなかった。理論の構築に没頭し、〈ミューズ〉とのやり取りに興奮し、未知の知性が編み出す思考の網目のなかに自分の思考を絡め取られていく感覚に、酔っていたのだ。


 しかし、学界の大勢は冷笑した。草稿として提出した論文は「実証不可能な空論」と切り捨てられ、匿名査読の過程ではあからさまな政治的バイアスの影が見え隠れした。研究は政府上層部の判断で“打ち切り”となり、保存していたデータは削除された。


 それから程なくして、〈ステラ・エリュシオン・ノード〉は予算削減と機密情報の整理を理由に閉鎖され、施設は放棄された。


 ところが、削除されたと担当者から告げられた、〈エリュシオン・ノード〉でミューズと共に作成した仮説部分のデータは、残されていた。


 そうなれば当然、論文の核心部分に当たる〈ステラ・エリュシオン・ノード〉に存在したデータも、削除されていない可能性が出てくる……。


(俺の研究が、いつの間にか形を変えて利用されていた……。問題の核心に近づくには、月面L2にある〈ステラ・エリュシオン・ノード〉に行き、〈ミューズ〉本体から直接話を聞くしかない)


 レオはふと息を吐いた。


 言うまでもなく、現在、彼が拠点とする研究都市〈エリュシオン・ノード〉に常駐する学術AI〈ミューズ〉も、かつてL2軌道施設で応答を担当していた〈ミューズ〉も、すべて地球圏中枢のノードに存在するひとつの知性体に接続された端末上のインターフェースにすぎない。


 いわば、あらゆる〈ミューズ〉は常に同じ“頭脳”にアクセスしており、分岐した個体ではなく、単一知性の複数窓口だった。


 しかし――〈ステラ・エリュシオン・ノード〉だけは例外だった。


 同施設は、国家の最深部に属する機密研究拠点であり、その内部の通信網は地上との回線から完全に遮断されていた。


 外部から〈ミューズ〉を呼び出すことは可能だが、その応答AIがアクセスできるのは“施設内の端末を通じた問い合わせ”に限られており、〈ステラ〉のローカルサーバに格納された実験データや記録情報には、地上のどの端末からも触れることができない構造になっている。


 すなわち、〈ミューズ〉は常にひとつの意識として存在しながらも――〈ステラ〉という檻の内と外とでは、知り得る情報の階層そのものが異なっていた。


 研究データがその後どうなったのか、どのように取り扱われていたのか、真相を知る為には、いま一度、〈ステラ・エリュシオン・ノード〉の内部から、ミューズに向かって直接尋ねるしかなかった。

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