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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第四章:交錯する運命
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第四節 知性進化因子 1

「もうひとつ、あなたに見せたいものがあるの」


 サガミ博士はそう言って、レオをベイ・エコ・リサーチゾーンの深層研究棟に案内した。


 外の灰色の海と冬の空から隔絶されたその地下階には、一般公開されていない高セキュリティのラボラトリーが存在していた。


 コードネーム〈シリンダールーム〉――それは、環境データの高度解析と、未知因子の遺伝子・分子レベルでの検出、解析を専門とする施設であり、みなし超人類とトランス・ウルトラ・ヒューマンとの協力のもとに設計された、いわば「次世代研究の最前線」だった。


 部屋の中央には、三重構造のガラス・シリンダーが静かに据えられていた。中には、海中から採取されたサンプル群が浮遊している。


 無数のナノスキャナーとセンサーが、休むことなくそれらの微細な粒子に目を光らせていた。


 ふと目を凝らせば、そこにあるのは通常の生命体ではなかった。極めて高い速度で進化的変異を遂げる、未知の微生物たち――。


「これは……自己複製と環境適応……どちらも異常な速さだ。これは……自然選択の速度を遥かに凌駕している」


レオが思わず呟いたその瞬間、シリンダーの傍らに設置された演算端末が低く唸るような駆動音を発し、静かに一つの影を映し出した。


 〈カリスト・モデルF〉――それは、球体型の筐体に多関節アームを備えた、分析・解析専用の人工知能ユニットだった。


 〈カリスト・モデルF〉は、かすかに浮かび上がるようにして床面を滑るように移動する。その音はほとんど聞き取れず、まるで空気が微かに震えるような感触だけが残った。


「カリスト。観測データの要点を、彼に伝えて」


 サガミ博士の指示に、カリストが淡々と応じる。


「了解。大川戸博士、進化速度の異常値について報告します。該当微生物は、既存の地球型生命体と比較して、十六万倍の成長加速度を示しました。これは“適応”ではなく、“改変”と定義すべき現象です」


「改変? つまり、誰かが手を加えたということか?」


「その可能性が高いと判断されます。外的因子、もしくは内在するプログラム的指令の存在が推定されます。加えて、本サンプルに含まれる特異タンパク群の中に、既存のデータベースにはない配列が確認されました。仮コードネームは――〈知性進化因子〉」


 レオの表情が固まる。


「〈知性進化因子〉……」


「その因子は、標準RNA合成の枠を超え、遺伝情報、行動予測モデル、意思決定プロトコルを同時に内包している可能性があります。まるで、生命体の中に“知性”の芽を埋め込むような構造です」


 レオの胸に、若き日に描いた理論上の理想生命の姿が蘇った。単なる生存競争の勝者ではない。環境に適応しながらも、自らの未来を“選ぶ”存在――進化する知性。


 それが、今、彼の眼前に姿を見せようとしていた。


「まさかここまでのことが……」


 彼が言葉を失っていると、サガミ博士が静かに語りかけた。


「この結果を見たときに、あなたの名前を思い出したの」


 博士の声はどこか、遠い記憶を辿るようだった。


「まるであなたが出した草稿の実証実験みたいだって」


「ですが、あれは、実証実験どころか、理論を構築する為に必要な実験すら行われていない、仮想の空論レベルのものです」


「確かにその通り」


 サガミ博士は静かに頷いた。


「あなたが築き上げた理論の上に、実用化の為の工夫がかなり加えられている。それで本当にあなたの理論が使われたのか。私は草稿をバックアップしたものを持っていたので、カリストに調べて貰った」


 そのとき、カリストが再び口を開いた。


「大川戸博士、〈知性進化因子〉のコア構造において、博士が保存していた理論草稿に含まれる構造アルゴリズムとの一致率が、95.2パーセント確認されています。非公開データの外部流出、もしくは解析的リバース・エンジニアリングの痕跡が疑われます」


「やはりこれは、僕の未発表の研究が、無断で誰かに使われた、ということなのか……」


「正確には、盗み出された可能性が高いわね」


 サガミ博士は、わずかに顔を曇らせながら、静かに頷いた。「この因子が自然発生したものでないことは明らかよ。問題は、これが“どこから来たか”」


「発生源はわかっているんですか?」


「いいえ。ただ、カリストの調査によれば、現在は封鎖中の西アジア・シグマ帯にある旧機械人類の研究拠点で、この因子と類似した構造に関する研究がかつて行われていた記録が残っているそうよ」


「つまり機械人類の仕業の可能性があると?」


 レオの背に冷たい戦慄が走る。


 無機質の肉体を手に入れることで病と死を克服し、人類の最終進化形態に達したのが我々だと豪語して譲らない機械人類。


 そんな彼らが、有機物の塊に過ぎないと軽蔑してきた、己より劣る生命体の因子を、今さら改変しようとする――その意図とは、一体何なのか。


 目的が解らないだけに、不可解さと不気味さが増幅した。


「もしこの因子が人類のゲノム体系に影響するようなことになれば……人類という種の定義が変わってしまう」


「ええ。もはや進化とは、生存競争の結果ではなく、誰かが設計した未来への“跳躍”になるのかもしれない」


 しばしの沈黙が支配する。シリンダーの中、微細な生命体たちが、今もなおゆるやかに蠢き、増殖を続けていた。


「これが、あなたの理論が触れてしまったものよ。進化する知性――そして、制御不能な終末の種でもある」


 サガミ博士の声は静かだった。しかしその瞳には、未来を見据える研ぎ澄まされた光が宿っていた。


 レオはその視線を受け止めるように深く息を吐き、コンテナを見据えた。


「……この因子を持った生命体を、このまま自然界に放置するのは危険です。たとえ今は制御されているように見えても、いつどこで変異を起こすか……」


 その言葉に、サガミ博士は静かに頷いた。


「心配には及ばないわ。因子を保持していた個体はすでにすべて収容済みよ。カリストが早期に察知して、現場周辺の生物をスキャン・選別し、施設内の保管用水槽に集めているわ」


「……それなら、ひとまずは安心ですね」


「ええ。ただし、“ひとまず”よ。この因子は、構造そのものに適応性が組み込まれている。収容して終わりという話ではないの。今後の変化に備えて、監視と研究は継続する必要があるわ」

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