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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第三章 騒乱の予兆
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第七節 不完全さの証明 3

 冬の朝。霞がかった薄灰の空の下、レオはコートの襟を立ててスカイ・ステイブルの七十階からスカイウォークへと足を踏み出した。人工照明の淡い黄光がまだ残る中、彼の息は白く曇り、フィルター越しの空気にも確かな冷たさがあった。無人の清掃ドローンが足元を滑るように走り去り、遠くでは搬送用ポッドが軌条を走る音が低く響いている。


 スカイウォークを抜け、自律移動ポッドの乗り場へと向かうレオの足取りは、どこか浮ついていた。今日もまた、AIたちの作業を監督し、得られたデータの検証と分析を行う一日が始まる。とはいえ、昨日目を通した文献が頭に残っていて、その続きを追えるかもしれないという期待もある。だが、その足音が鋼鉄の床を叩くリズムをひとつ外した瞬間、不意に呼び止められた。


「――失礼。大川戸レオ氏で間違いないですか?」


 重みのある低声。振り返ると、背広に身を包んだ男が立っていた。肩幅の広いがっしりとした体躯、光を吸い込むような黒のスーツ。その中に収まりきらない筋肉のライン。そして、その目。人間離れした冷静さと演算的な思考を感じさせる眼差し。レオはすぐに悟った。彼は“彼ら”だ。トランス・ウルトラ・ヒューマンにならないかという勧誘を、レオはよく受けていた。またその連中が来たと思った。


「悪いが、そういう話には乗らない。何度も言ったはずだ」


 短く、冷たくそう言って、レオは歩みを再開しようとする。が、男は淡々と内ポケットから身分証を取り出し、静かに提示した。


「統一政府進化政策局特務計画部の者です。名前はグレイ・ナース。あなたにお伝えしたいことがあり、研究所の方へは既に了承を得ております。少し、お時間をいただけますか」


 その部署の名は、記録にはなかった。だが、提示されたIDカードの高度な暗号処理――レオがかすかに読み取ったそのデータ列は、統一政府の標準プロトコルと一致していた。偽造であれば、ここまで完璧に合わせられるとは思えない。


 加えて、男の目線には、あまりに無駄がなかった。感情を抑えた静謐さの中に、明確な目的をもった計算の光が見えた。それは、扉の前で出会った過去の甘言者たちとは、決定的に異なっていた。


 しばらく無言のまま見つめ合った後、レオはため息混じりにうなずいた。


「……近くの公園が無人だ。話ならそこで聞こう」


 案内されたのは、薄く霜をまとった静かな人工庭園だった。誰もいない。時折、風が金属質の葉を揺らし、きらりと反射光が踊る。


 グレイ・ナースはベンチの端に腰を下ろし、背筋を正したまま、レオを見た。


「我々は、“シリウス計画”に関わってきた者です。あなたには、ぜひトランス・ウルトラ・ヒューマンになっていただきたい。これは、あなた自身のためでもありますが、より大きな目的のためでもある」


 レオはその名を聞いた瞬間、思考が一瞬止まった。シリウス計画――自らの出自に深く関わるはずの、封印された記憶と情報の断片。それを、この男が口にするとは。


 だが、だからといって彼の言葉に従う理由にはならない。


「……ノードからは、そんなことは一言も言われていない。もし君が言うように、僕が“境界にある者”として意味があるなら、純粋なトランス・ウルトラ・ヒューマンになるのは矛盾じゃないか?」


 グレイは穏やかに首を振った。その表情に迷いはなかった。


「いいえ、逆です。あなたは四つの人類種のいずれにも完全には属さない、唯一無二の存在です。生身の肉体を持ちながら、その肉体に機械を融合させることで、能力を限界以上に拡張できる。その事実こそが、四つの人類種を超克する鍵となるのです。あなた自身が、その新しい可能性の“起点”となり得る」


「つまり、君の言う“融和”とは、力によって他を圧倒し、従わせることだと?」


 レオの声音が冷えた。冬の空気よりも冷たく、静かな怒りがその奥に宿っていた。


 グレイは、瞬きを一度だけしてから答えた。


「力を伴わない融和など、空論に過ぎません。人類が四種に分かれ、互いの優劣と存在意義を問い続ける中で、真の融和を導くには、誰もが逆らえない“中心”が必要なのです。あなたが、その頂点に立たなければならない」


「……それは支配という。俺には、どうしても“融和”には思えない」


 レオは立ち上がった。空はまだ灰色。日差しは届かず、冷気が頬を刺す。だが、心の内にはそれ以上に冷えた疑念が芽吹いていた。


「どのような選択をなさるか、それはすべて、あなたに委ねられています」


 グレイもまた立ち上がり、静かに言った。「我々は、あなたが“正しい選択”をされることを、心から望んでいます」


 そして次の瞬間には、彼の姿は人工庭園の薄霧の向こうに溶け、掻き消えていた。


 レオは動かないまま、その場に立ち尽くした。冬の風が、上層の鋼鉄群の間をすり抜け、遠くの都市ノイズを連れてくる。その音が、どこか異質で、どこか懐かしくも感じられた。


 シリウス計画。


 自らの出自。


 四種の人類の未来。


 その全てが、レオという存在に集まりつつあることを、彼自身、徐々に理解しはじめていた。だが、彼にとって「正しさ」とは、力に基づく支配ではなかった。それだけは、今の時点でも確かに言える。


 そして、彼は歩き出した。ポッド乗り場へ向けて――いつも通りの朝を装いながら。


 だが、心には確かに、何かが始まりつつあった。

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