第七節 不完全さの証明 2
「父さん、もう一つ、聞きたいことがあるんだ」
レオはその表情を変えぬまま、低く、しかし真っ直ぐに問いかけた。
「なんだね?」
「父さんは、なぜ“人間”にならなかったの? 母さんと結婚した時、現生人類として生きる選択肢もあったはずだ」
その問いに、シリウスは、しばし沈黙した。
そして、記憶の深い井戸を覗きこむように、ゆっくりと語り出した。
「私は……人間の時間に憧れていた。傷つき、迷い、衰えていく、その脆さの中に、何か確かなものがある気がしていた……」
「なら、なぜ――」
「怖かったんだ。私が“人間”になったとき、果たして母さんは、それまでと同じように私を愛し続けてくれるのだろうかと……。機械の身体を捨てることで、今ある絆すらも壊してしまうのではないかと……そう思ったんだよ」
レオは黙ってその姿を見つめていた。レオは黙って、その姿を見つめていた。窓の外では、粉雪が舞っていた。街灯の光に照らされた細かな結晶が、空中をさまよいながらゆっくりと降り、静かに窓ガラスへと消えていく。その儚げな光景に、彼の心は自然と引き寄せられていた。
「その臆病さが、やがて私自身を曖昧にしていった。人であることも、機械であることも選びきれず……」
言葉を区切ると、シリウスはしばらくの沈黙を挟んだ。冷たい室内灯の光が天井から落ち、頬に淡く影を落とす。まるで雪原の夜に、月明かりが反射しているかのような、静謐な明暗だった。
「だから私も、レオのことを言えた立場ではないんだよ。こんなところまで親子で似てしまうとはね」
その声には微かな諦念と、しかしそれを上回る温もりがあった。シリウスはふと、微笑んだ。冬の陽だまりのように、どこか寂しげで、けれど柔らかな、心にじんと染み入るような笑顔だった。




