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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第三章 騒乱の予兆
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第七節 不完全さの証明 1

 レオはベッドに仰向けになり、瞼を閉じた。だがその奥では、彼らの声が残響のように繰り返されていた。


 ――どんな難題も、第一歩は小さく、頼りない。だが君には、扉を開ける鍵がある。


 そんな言葉を思い出しては、自分の内に問いが芽生える。


 四種の人類を本当に一つに融和させることなど、自分にできるのだろうか。


 答えは、やはり出なかった。


 レオはしばらく天井を見つめていたが、やがてゆっくりと上体を起こした。部屋の空気はほとんど動いておらず、時がまるごと閉じ込められたかのような静寂が支配していた。


 廊下に足を踏み出すと、床に埋め込まれた照明が柔らかく彼の足元を照らした。重力の感覚が、少し遅れて身体に戻ってくるように思えた。


 リビングの自動ドアが静かに開くと、そこには先ほどと同じ姿勢で座る父の姿があった。


 シリウスは変わらず、毛布を膝にかけ、手には文庫本を持っていたが、ページは開かれたまま動いていない。その視線は本の向こうにある何か、見えないものをじっと見つめているようだった。


 レオは黙ってソファに腰を下ろした。言葉はなかった。ただ、そこにいるだけで何かが伝わるような気がした。


 数秒の沈黙ののち、シリウスがゆっくりと顔を上げ、目が合った。


 その眼差しは、決して光学センサーなどではない。温度を、湿度を、そして心の機微を読み取る瞳――人間のようでありながら、むしろ人間よりももっと純粋で、誤差のない視線だった。


「……どうした?」


「少しだけ、話をしたくなった」


「いいぞ。眠気は?」


「大丈夫。むしろ……静かすぎて、眠れなかった」


 シリウスは静かに微笑んだ。表情筋の動きは滑らかで、どこにも機械的な硬さがなかった。むしろ、それが逆に“人間の不完全さ”を思い出させるほどに滑らかだった。


「人は、ときに、静寂に耐えられなくなるものだ。だが、静けさのなかにこそ、見過ごされてきた声が潜んでいる」


 学者らしい、知的で、そして、詩的な返しをしてくる。


「あるいは、心の奥で押し込めてきた感情かもしれない。……ここへ戻ってきたのも、そうした何かを聞きたかったからじゃないかな?」


 レオは目を伏せた。確かに、その通りだった。


「父さん。ひとつ、訊いてもいい?」


「もちろん。なんでも、君の思うままに」


 レオはゆっくりと顔を上げ、父の瞳をまっすぐに見つめた。


「……少し前、ノードと接続したんだ。そのとき、こう言われた。“混ざり者よ、境界に立つ者よ。人類は愚かな争いを繰り返してきた。人為的な進化も、機械との融合も、決して真の進化ではない。むしろ、機械の身体を手に入れたことは、人類を滅びへと導いた”。……だから求めた。四つの人類種を超える存在を、架け橋となる存在を。そして、その接合として俺が選ばれた」


 シリウスは静かに、すべてを受け入れるように聞いていた。


「でも俺には、そんな大それたことを成し遂げられる気がしない。だから“待ってくれ”と伝えた。納得も覚悟もないままに、その役割を託されてしまった気がして……それが正しいのか、わからないんだ」


 シリウスは少しだけ瞬きをしてから、静かな声で答えた。


「レオよ、君はもう、立派な大人だ。何を選び、どう生きるか。自分のことは、自分で決められるはずだ。私は、君が熟慮の末に導き出した答えを、全面的に尊重する」


 だがレオは、その答えを否定した。


「俺が聞きたいのは、そういう言葉じゃない。……もし父さんが、俺と同じ立場だったら、どうする? どんな答えを出す?」


 その瞳には深い苦悩が滲んでいた。


 シリウスはしばし考えたのち、神妙な口調で言葉を紡いだ。


「何かを選ぶということは、何かを捨てるということだ。君には、その痛みを受け入れる覚悟があるのか?」


「……わからない」


 沈黙が、ふたたび彼らのあいだに流れた。


「ノードが託してきた希望は、あまりに巨大だ。自分に果たせるのか、どうして自分なのかと悩むのも当然だ。だが同時に、それはこの世界の長い歴史において、幾度となく望まれてきた夢でもある」


 シリウスは言葉を一旦止め、レオの顔をまっすぐに見つめた。


「これは、誰かがやらねばならないことだ。多くの困難と犠牲を伴う。命を賭してもなお、果たせぬかもしれない。しかしレオ。君は、その“鍵”を託された。ノードに選ばれた。それは名誉であり、誇りにすべきことだ」


 レオは指を組み、視線を落として考え込んだ。


「……やり遂げられるならいい。でも、もしそうじゃなかったら?」


「その問いを持つ限り、成し遂げられないだろうな。しかし……ノードが君を選んだという事実は、君にその可能性があるという証だ」


 シリウスはゆっくりと息を吐き、長年沈殿していたような想いを外へと流した。


「それにしても、まさか、私の息子が、ノードからそんな大役を仰せつかるとはな……」


 シリウスの声には、戸惑いとともに、確かな誇らしさがにじんでいた。もし自分がその役を頼まれていたなら、きっと迷いなく引き受けていただろう。


 だがレオは、その覚悟を持ちきれずにいた。ノードの願いに応えることで、なにかを捨て去らねばならない――その現実が、彼を躊躇させていた。

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