第三節 変質する混合体 2
午前中、研究室で業務を遂行中の時だった。
レオのスマートコンタクトに、視覚リンクを通じて通知が浮かび上がった。
〈NODE_NET-Ω:非公開プロトコル起動〉
〈対象:ID_“LEO_001.ARCH”〉
〈接続理由:人類統合体進化シーケンス確認〉
「そろそろ答えを聞かせて欲しい」
「準備が整っていない場合は、無理に応じる必要はない」
〈—接続を許可しますか?—〉
レオはどうすべきか迷った。
だが、ミナトとの会話がいまだ心に残っていた。
『あなたは、どうしたいの?』
『あなたのような境遇の人にしか、できないことってあると、私は思うの』
『あなたを選んだ。それには、理由がある。少なくとも、あなたにはその“資質”があると、あのノードが認めたということ。ならば、あなたは、自分の責任を果たすべきだと思う』
――あの問いかけが、いまだ答えを出せずにいる自分を、静かに、けれど確かに責めている気がした。
しかし、このまま考えても、答えが出せず、いたずらに時間が過ぎていくだけに思われた。
(もう一度会って話してみれば、答えが出るかも知れない)
レオは端末を操作してアシスタント業務を黙々とこなしている日野に声をかけた。
「これから少しの間、AIと意識を直接リンクするから、放っておいてくれ」
「またあれをやるんですね。わかりました」
二度目ともなれば慣れたもので、日野は軽やかに頷いた。
レオはヘッドギアを装着し、深く椅子にもたれかかった。装置の起動音が、乾いた響きとともに神経を震わせる。
全身の感覚が、まるで水中に沈むように鈍くなり、代わりに内面の意識が異様に冴えてくる。
瞼の裏が閃くように光り、次の瞬間、視界は漆黒の闇に塗りつぶされていた。
その闇に浮かぶ白い楕円体――ノードは、まるで存在そのものが思念で構成されているかのように、光も影も持たず、ただそこに在った。周囲には何の地平もなく、天も地もない虚無の空間。
ただ一つ、ノードの周囲に漂う微細な光粒が、揺らめく星雲のようにその存在を引き立てている。
その時、どこからともなく響いた声が、深淵からの囁きのようにレオの意識を貫いた。
――混ざり者よ。境界に立つ者よ。
レオは心の奥底に反響する声を、静かに受け止めた。わずかな緊張を胸の奥に抱えながらも、その視線には確かな決意が宿っていた。
「あなたは俺に、四つの人類種の懸け橋になれと言うが、何故、俺なのか? 境界人は他にもいるはずだ」
ノードはしばし沈黙し、その後に続いた声は、氷のように冷たく、しかし紛れもなく確信に満ちていた。
――君はアンドロイドの父と現生人類の母を持ち、人造DNAから作られた人工精子と卵子を受精させて誕生しただけでなく、四つの人類種にまたがる存在だからだ。
「……四つ?」
レオは眉をひそめた。疑念と混乱が、意識の底から泡のように浮かび上がってくる。
「俺は、現生人類の血と超人類の遺伝子が混ざっていることは知っている。でも、それ以外の人類種は混ざっていないはずだ。アンドロイドの父に似せたこと、育てられたことが、機械人類に近い何かを与えたということはできても……トランス・ウルトラ・ヒューマンの血は、一滴も混じっていないはずだ」
すると、ノードの声が、少しだけ熱を帯びるように変わった。
――君はアンドロイドの父の外見、内面――すなわち、性格と能力を似せる形で作られている。具体的には、超人類に使用される遺伝子、超人類がその肉体と環境に適応するために獲得した形質を生み出す突然変異の遺伝子、トランス・ウルトラ・ヒューマンが有機体と機械を融合し、その環境適応のために取得した形質を生み出した変異遺伝子、それらを含んだ特殊な配列が君のDNAには組み込まれている。
「……!」
――アンドロイドに似せている以上、機械人類に限りなく近接する心身を持っていることは言うまでもない。だが、それ以外にも、現生人類の遺伝子、超人類に特有の遺伝子、トランス・ウルトラ・ヒューマンに特有の遺伝子――君は、それらすべてを宿している。
その言葉に、レオは深く息を呑んだ。胸の奥が凍りつくような感覚に包まれた。
「そんな……俺のDNAは、ただ父に似せて作っただけじゃなかったというのか……?」
――アンドロイドは無機物で構成された身体に、人間の脳を完全模倣した電子脳を搭載している。その存在を可能な限り模倣し、DNAを作成すれば、結果的に四種の人類すべての特性が混ざり合った存在が出来上がる。
「……父に似せた結果、必然的に、四つの人類種にまたがる存在となった……そういうことか?」
――その解釈で合っている。
レオは言葉を失った。
いま胸にあるのは、孤独ではなかった。
ただの混血や、境界の象徴などという曖昧な存在ではなく、自分が四種の人類をまたぐ混合体として作り出された存在であるという、動かしようのない現実だった。
その認識は、もはやアイデンティティの揺らぎではなかった。
彼の「存在理由」に、明確な輪郭を与えつつあった。




