第二節 視界を越えて― 2
そのときだった。
レオのスマートコンタクトに、視覚リンクを通じて奇妙な通知が浮かび上がった。それは、これまでに受信したいかなる信号とも明らかに異質で――不可解なほど静謐な、だが強い意志を孕んだ通信だった。
差出人欄には、ためらうことなく明示された名前が表示されていた。
〈ELYSION_NODE_47〉
その文字列を目にした瞬間、レオの胸の奥に言いようのないざわめきが走った。
続いて、画面に象形文字が浮かび上がる。文字とも記号ともつかぬ、流動的で幾何学的なパターン――それは意味を持ちながらも解読不可能なまま、静かにレオの視界を満たした。
かつて父が研究資料で取り上げていた、旧ネットワーク時代の遺産――〈ノード〉と総称された分散型知性体。その記録に酷似していた。
やがて、象形文字の中心から、一連の文言が滲み出すように出現した。
〈NODE_NET-Ω:非公開プロトコル起動〉
〈対象:ID_“LEO_001.ARCH”〉
〈接続理由:人類統合体進化シーケンス確認〉
「君はここに呼ばれた」
「これは任意である。君が応じることを、私は歓迎する」
〈—接続を許可しますか?—〉
その意味は、驚くほど単純だった。
命令ではない。強制でもない。
ただ――選択肢が提示されている。それはまるで、目の前に無言のまま扉だけが置かれているような、不気味なまでの静寂と自由に満ちた「招待」だった。
〈ELYSION_NODE_47〉。
それは、レオがこれまでの人生で一度として交信したことのない、だが確かに世界のどこかに在り続けた“知性”からの、最初の「呼びかけ」だった。
この通信の意味も、その先に何が待つのかも、レオにはわからなかった。
だが、その未知の向こう側から、なにかが確かに――彼の存在の輪郭を、静かに、繊細に、なぞっていた。
これは選別ではない。評価でもない。
ただ一つ、「意思」を問われている――そう、まるで彼の心の最も深いところに沈む問い――
「お前は何者なのか」
それを、鏡のように映し返してくるノードの眼差しが、そこにあった。
――君に選択を委ねる。意識の扉を叩くかどうかは、自分で決めろ――
どこからか、低く響くような声が聞こえた気がした。
レオは目を閉じ、深く息を吸った。
(答えは……まだ出ていない。でも、進まなくては)
レオは研究施設の廊下を足早に駆け抜けた。胸の内には、先ほどの通信が残した漠然とした違和感と高揚が混ざり合い、嵐のように渦を巻いていた。〈ELYSION_NODE_47〉からの接触。あの象形文字、そして「選択」の提示――それらすべてが、彼の内部で何かを目覚めさせていた。
研究室のドアを勢いよく開けると、端末操作をしていた日野が顔を上げた。レオは息を整える暇もなく言った。
「少しの間、AIと意識を直接リンクする。邪魔しないでくれ」
その言葉の異様さに一瞬目を見開いた日野だったが、レオの真剣な眼差しに気圧されたのか、すぐに無言で頷いた。




