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生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第二章 呼び声
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第五節 水槽(アクアリウム)の中の異変 4

 その日、夕刻。


 飛霞自治区の外れ――都市機能から切り捨てられたかのようなスラム街に、ミナトの姿があった。


 目指すは、地上百階建ての無人高層ビル。荒廃し、朽ちた鉄骨が吹きさらしの風に軋みを上げる中、まるで足音すら残さぬ幽霊のように、その巨大な塔の影へと吸い込まれていった。


 ここへ至るまでの彼の経路は、複雑に絡み合った迷路のようだった。


 まず都心の高層ビルに正面から入り、地下街に降りる。そこから職員専用ゲートを無断使用して地上へと戻ると、飲食店に立ち寄り、厨房の裏口から再び外へ。


 その一連の動きは、あまりにも緻密に構成されていた。自ら編み出した手口というよりは、むしろ――あらかじめ用意された振り付けをなぞるような移動だった。


 ルートはすべて、事前に指示されていたもの。迷う余地もなければ、選択の余地もない。だがそれでもミナトは、まるで己の意志でそれを選んでいるかのように自然に演じてみせた。


 その理由は一つ。


 ――誰かに見られている、という直感。それは単なる警戒心ではなく、むしろ生理的な確信に近い。背筋に、ぬめりを帯びた視線が這うような感覚があった。


 だからこそミナトは、用意された道筋であっても、すべてを信じてはいなかった。細部に目を凝らし、足音の反響すらも情報として拾いながら、その場に合わせた“即興”を織り交ぜていた。


 まるで――見えない観客の前で踊る舞台女優のように。


 辿り着いたのは、二階の角部屋。


 かつて音楽教室として使われていた部屋であり、防音処理が完璧に施されている。窓はなく、光源はただ天井の白色灯のみ。密閉された空間に、黴の匂いがわずかに漂う。


 出入口には複数のセンサーが設置されており、追跡装置や録音・録画機器を所持していれば即座にアラートが鳴る仕組み。つまりここは、ただの「廃墟の一室」などではない。ある目的を果たすために厳選された、極めて個人的な“密会の間”だった。


 そして、そこには既に“彼”がいた。


 ミナトの前に立つその男――トランス・ウルトラ・ヒューマン。外見年齢は二十代前半、高身長、非の打ち所のない造形。白のワイシャツに黒いネクタイ、黒のスーツを身にまとい、その所作には一切の無駄がなかった。だが、その整いすぎた容姿が却って“人ならざるもの”を思わせるのは、ミナトの警戒心が研ぎ澄まされている証だろう。


「数日前、うちの研究所とエリュシオンノードに不正アクセスがあったけど……そっちでは何か掴んでるの?」


 ミナトの声は、努めて平静だった。


 男はわずかに顎を動かして答える。


「機械人類の仕業だ。奴らは“ある問題”の真偽を確かめようとしている」


「“ある問題”?」


 ミナトが訊き返すと、男は肩をすくめた。


「お前が知る必要はない――と、カッコつけて言いたいところだがな。実のところ、俺にも詳細は知らされていない。かなり上層の、ごく限られた連中しか全貌は把握していないようだ」


「今日の未明、研究所が滅茶苦茶にされたけど、何か関係があるの?偶然とは……思えないんだけど」


 ミナトの問いに、男は少しだけ間を置いて応じた。


「機械人類の仕業らしい。“何かを確かめるため”にやったそうだ。だが、それ以上のことは聞かされていない」


「……そう」


 ミナトは口をつぐみ、視線を下げて黙考する。


 その横顔には、何か小さな点と点が繋がりかけているような表情が浮かんでいた。


 だが、男は冷ややかに言い放つ。


 「お前は我々に指示されたことだけを遂行していればいい。所詮はただの下っ端――替えの効く歯車に過ぎん。忘れるな。お前の代わりなど、いくらでもいる」


 男の口調には、感情というものが微塵も感じられなかった。まるで、あらかじめプログラムされた音声をなぞるだけの機械のように――淡々と、冷徹に。


 ミナトは、その言葉に不快を覚えた。


 だが、唇を結んだまま、男の顔を見つめ返すだけだった。


 その目には、怒りも、怯えもなかった。ただ静かに、そこに立っていた。

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