表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生成AIが紡いだ小説 混ざり者レオの物語  作者: 月嶋 綺羅(つきしま きら)
第一章 境界に生きる者
3/223

第一節 選別された日常 2

 その朝、リビングに降りると、父のシリウス・ゼノン・アークが待っていた。艶消しの黒い義肢を組み、まるで人間のような静かな笑みを浮かべている。彼は既に一杯の温紅茶をレオのために用意していた。人間と区別がつかぬほど繊細な動作で、ティーカップを差し出す。


「レオ、今日は緊張しているな。脈拍が普段より十二上がっている」


 レオは苦笑し、ティーカップを受け取った。


「……父さん、そういうの、声に出すと余計に緊張するよ」


「申し訳ない。しかしそれでも、紅茶はリラックス効果があると知っている。習慣というのは、時に神経よりも強く働く」


「ありがとう。……父さんの、そういうところ、好きだよ」


 微かに紅茶の香りが鼻孔をくすぐった。ジャスミンの花弁を混ぜたブレンドは、機械でありながらも感性を持つ父・シリウスの「趣味」だった。


「あと三日ほどで、定期メンテナンスのフェーズに入る。今回の更新では、脳機構の一部をリライトする予定だ。起動可能時間が短くなるかもしれない」


「じゃあ……次に話せるのは、かなり先になる?」


「おそらく、そうだろう。意思伝達の処理アルゴリズムも改修対象に含まれている。次に言葉を交わせるとき、私は今の私と、同じとは限らない」


 レオは手を止めた。焼けたパンの香ばしい匂いが、やけに遠くに感じられる。


「……それでも、父さんは父さんだよな?」


「どう思うかは、おまえ次第だ」


 朝食を終え、玄関を出る頃には、外の空気に秋特有のひんやりとした感触が漂っていた。レオは軽く肩をすくめ、指先にかすかに残る朝の冷気を確かめるように手をこすり合わせる。そして、自律移動ポッドのドアに手をかけた。乗り込むと、身分証を読み取らせ、行き先を「湾岸中央水産研究所」と入力する。ポッドは静かに始動し、街路の木々が色づき始めた都市の網目のような空間交通網を縫うように、目的地へと滑るように走り出した。


 車窓に映るのは、都市の心臓部に続く人工構造物の群れだった。灰色の空を覆うようにアーチを描く大気浄化ドーム。その内側では、粒子フィルタを通過した光が、太陽と連動しながら都市のリズムを演出していた。


 ポッドが連絡トンネルに入る直前、彼は途中のスーパーで簡単な飲料を買おうと立ち寄った。地下商業区の店舗では、無人レジと人間の係員が併存していたが、レオは何となく人のいるレジに並んだ。

「お客様、すみません……生体認証が通らないようです」


 レジの若い店員が困惑した表情を浮かべる。レオは小さくため息をつき、手首のICコードを読み取らせようとしたが、そこでも二度、エラーが返ってきた。結局、身元確認のために市民カードを提示する羽目になり、背後に並んでいた老婦人が、小さな声でつぶやいた。


「やっぱり……ああいうのは、ねえ」


 その「ねえ」の中には、明確な軽蔑と不安、そして無関心が織り交ぜられていた。レオは何も言わず、レジを通過した。


 買い物を終えてポッドに戻り、シートに身を沈める。発進の指示を出すと、滑らかな加速の感触とともに、都市の外縁部が徐々に車窓に現れ始めた。


 窓の外を流れていく風景には、ARレイヤーを通して映し出される広告群が、宙に浮かぶ彗星のようにきらめいていた。


〈あなたも“更新”しませんか?〉


〈脳が感じる限界は、旧世代の呪いです〉


〈TRANSCEND NOW——原始的な肉体を捨て、進化せよ〉


 いずれも、トランス・ウルトラ・ヒューマン推進団体のスローガンだった。レオのような“中間存在”には、直接的な拒絶の響きを含んでいる。


 彼は視線を逸らすように、ARグラスの感度を下げ、視覚情報を最小限に絞った。現実そのものから距離を取ろうとするかのように。


 再び移動ポッドは都市区画を抜けていき、車窓から見えるのは、超人類専用の教育施設、トランス・ウルトラ・ヒューマンの訓練区画、機械人類の自律都市区――いずれも現生人類が立ち入ることを許されない領域だった。だが、レオには立ち入る資格があった。なぜなら、彼は「みなし超人類」だったからだ。


 ポッドの内部に微かな電子音が響いた。


「目的地に到着しました。良き一日を」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ