第四節 沈黙の言語 4
母・真凛は、レオが〈エリュシオン・ノード〉に向かうと告げると、一瞬だけ視線を伏せた。その瞳の奥には、懐かしさとも寂しさともつかぬ感情が揺れていた。
「……また、あそこに行くのね。あの場所は、あなたのお父さんと私が初めて出会ったところ。今でも、あの中には彼の痕跡が、きっとどこかに残っているわ」
「父さんの……記憶、みたいなものが?」
レオの問いに、真凛は静かに頷いた。
「ええ。あの時代、あの施設の中で、私たちは人類の未来について何度も語り合った。現生人類も、超人類も、トランス・ウルトラ・ヒューマンも、そして機械人類も……すべてが共に生きていける未来。それは夢だったけど、決して絵空事ではないと、今でも信じてる」
それは、真凛とシリウスが共に描いた理想の光景だった。異なる起源と特性を持つ人類たちが互いを拒絶せず、理解し、共に歩む世界。その可能性を、彼らは〈エリュシオン・ノード〉という巨大な研究拠点の中で探り続けた。
そして、その理想の延長線上にレオの存在があった。人間の女性と、アンドロイドでありながら科学的自我を持つ存在とのあいだに生まれた存在。既存の人類種のいずれにも完全には当てはまらない、しかしすべてに接続し得る“中間者”。
それゆえにこそ、彼は今も様々な種の視線に晒され続けている。
「母さんは……昔、機械人類になろうとしたことがあったよね?」
その言葉に、真凛は少しだけ目を細め、静かに微笑んだ。だが、その笑みの奥には痛みが滲んでいた。
「そうね。お父さんと過ごす中で、一度は本気で考えた。人型アンドロイドの肉体に、私自身の意識を写し取ることで、同じ存在になれたらって。でも……私は結局、人間として生きることを選んだの。選ばざるを得なかった、と言った方が正しいのかもしれないけれど」
過去の思念が、今もなお真凛の心の奥に沈殿している。それは、単なる懐古ではない。科学の前線に立ち続けた者としての苦悩と、母としての選択の両方を背負う、彼女の今の姿だった。
「あなたが未来を選ぶそのときに、私も、自分の答えをきっと見つけるわ」
それは約束でも、予告でもなかった。ただ一人の女性として、そして母としての、静かな意思表明だった。かつてシリウスと語り合った未来。今やレオが、その続きを歩もうとしている。
それを見届けることこそが、真凛に残された“もう一つの使命”なのかもしれなかった。




