―円卓会議と人道に対する罪の糾弾― 6
カミーユは一呼吸おき、次に語る内容へと進んだ。
「さらに、機械人類の一部によって運営されていた非合法ネットワークの存在も確認しました。そこでは、既に**人格削除が決定された“意識データの断片”**が、データベース化され、転売対象として扱われていたのです。感情・記憶・判断傾向など、人格を構成する要素が分離・細分化され、それぞれが“意志の部品”として、非公式なアンドロイドや戦術用人格モジュールの基盤に流用されていた」
席にいた数人が顔をしかめた。
だが、カミーユは容赦なく続けた。
「その売買記録には、**政府印の入った“人格削除命令書”**が添付されており、複数のケースでは、“必要な技術継承と軍事的応用のために、該当人格要素を保存・複製せよ”という記述が確認されています。つまり――削除とは名ばかりで、人格の“部品化”と“再利用”が制度として裏で動いていたのです」
場に、沈黙が落ちた。
映像が終わり、スクリーンが静かに暗転する。
訪れた静寂の中、誰もが言葉を失う。
明かされたシリウス計画の全貌、そして各人類種が秘かに進めていたおぞましき技術の数々――その背後に潜むものは、進化の名を借りた倫理の崩壊であり、人間という存在そのものに突きつけられた問いであった。
レオが、低い声で呟いた。
「人格さえも資源と見なすのか……」
「それが、彼らの“最適化”の果てにある思想なんだと思う」
カミーユが応じた。
「彼らにとって、感情や記憶といった“人間らしさ”は、もはや無駄なデータに過ぎなかった。それらは分類され、抽出され、数値に変換され、“意味のある情報”として記録装置に保存されていた。怒りも、愛情も、過去の記憶も、誰かを思う気持ちさえ、彼らの演算装置にとっては“ただの演算対象”でしかなかった。そこには、もう“心”などなかった。私は……確かにこの目で見たんだ。人間の記憶と感情が、静かに冷たい演算処理に溶けていく、その瞬間を――」
会場が激しくざわめいた。立ち上がる代表者たち、荒らげられる声。だが――その混乱を、一つの声が鎮めた。
レオが、壇上の中央に立った。
「人としての尊厳を踏みにじるような、こんな暴挙にまで手を染めて……そこまでして、能力値を高めることに、一体、どんな意味があるんですか。なぜ、ここまでして、他の人類種を出し抜かなければならないんですか。どうして、特定の人類種だけが、すべての種の頂点に立つ構造にしなければならないんですか。俺の父、シリウスは、科学者として、四種の人類の共存共栄を唱えていました。人にできないことは機械がやり、機械にできないことは人がやる――それじゃ、いけないんですか?」
レオが会議の出席者達に訴えかけた。そして続けた。
「……名を奪われ、姿を変えられ、命の定義すら他者に握られた人々がいた。俺も、ミナトも、そして多くの“境界人”たちも。そのせいで俺達は、生まれながらにして、人間かどうかを問われていた。どうか、それだけは……記憶してほしい」
その言葉のあと、静かに椅子を引く音がした。
現生人類の代表が立ち上がる。彼は真っ直ぐにレオの目を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「あなたに名があるなら……私も名で呼びましょう」
沈黙の中で、次に立ち上がったのは超人類の代表だった。彼は深く、慎ましく一礼する。続いて、トランス・ウルトラ・ヒューマンの代表が静かに立ち上がり、顔を伏せたまま無言の姿勢を示した。そして最後に、機械人類の代表が、言葉を紡ぐ。
「我々は、生や痛みを“非合理”と見なしてきた。だが今、それが“無理解”の言い換えだったと知った」
その瞬間、会場を満たしたのは、怒りでも、悲しみでも、赦しでもない。だが――確かに、何かが始まったという空気が流れていた。それは、人類が“新たな世界観”を受け入れるための第一歩、「承認」という名の沈黙だった。
そして最後に、ミナトが壇上の中央に立つレオの横に並び、深く頭を下げた。
「過去を悔い、未来を願い、今を名乗る者たちに……どうか、一票を」
カミーユもその場で立ち上がり、円卓会議の参加者らに対し、深く頭を下げた。
――その声が、確かに人々の中に届いた。名を持たぬ者に名を与えるという行為こそが、人類の最後の倫理であるかのように。
 




