―円卓会議と人道に対する罪の糾弾― 3
レオは、深く息を吸い込み、目を閉じた。
次に目を開けたとき、その瞳には、誰のものとも異なる、混じり合い、溶け合った光が宿っていた。
彼は、壇上に立ち、静かに、しかし確固たる声で言った。
「……俺は、“分類”そのものを廃止するべきだと思う」
一瞬、会場の空気が止まった。
誰かが息を呑む音さえ、遠くに聞こえた気がした。
だが、レオは怯まずに続けた。
「もう、俺たちは、十分に“在る”。現生人類も、超人類も、トランス・ウルトラ・ヒューマンも、機械人類も――そして俺たち、境界に生きる者たちも。皆、それぞれの苦しみと誇りを抱えて、生きてきた。それを否定することなんて、誰にもできない。今ここに“いる”という、その事実だけで、すでにすべては認められるべきなんだ」
彼の声は、次第に熱を帯びていった。
「けれど、“分類”は、それを切り分けようとする。区別は差異を生み、差異はやがて境界になり、境界は壁になる。やがてその壁は、『向こう側』にいる者を脅威と見なす。理解の対象じゃなくなる。そうして、壁の外にいる者を排除する正当化が始まる……それはつまり、“生きている者を、否定する”ってことだ」
彼の言葉に、沈黙の波が広がった。だが、レオは止まらない。
「どれだけ高度な法整備をしても、“法律に基づく区別”は、結局、“国家が公的に認めた差別”になる。学校で、職場で、社会のどこかで、誰かが『お前は◯◯人類だから』と言うたびに、傷が生まれる。境界にいる俺たちは、その傷の上で、生きてるんだ」
彼はゆっくりと周囲を見渡す。
代表者たちの顔が見えた。
あの老いた現生人類の女性。
冷徹な目をした超人類の男。
半分機械のトランス・ウルトラ・ヒューマンの指導者。
そして、無機質な顔をした機械人類の代表――それぞれが、それぞれの理由で沈黙していた。
「もう、誰かを分類することで、誰かを傷つける社会は終わりにしよう。俺たちは、それぞれ違っていても、等しく在る。違うってことは、“劣っている”ってことじゃない。“優れている”ってことでもない。ただ、違う。それだけだ」
そして、最後に――彼は言葉を選ぶように、ひとつ、吐き出した。
「“人類種”という概念そのものを手放すときが来たんだ。すべてを分類することをやめる。それは混乱を招くかもしれない。でも、混乱の先にしか、新しい秩序はない。それは、暴力のない秩序だ。誰かを壁の外に追いやらない世界だ。……俺は、そんな未来を信じたい」
その瞬間、背後に立っていたカミーユが、静かに一歩前に出た。
境界の少女。
AI細胞補助型神経回路を有し、人間の感情と、身体の一部にサイボーグ的な構造を持つ者。
「分類は、いつも誰かを“外側”に追いやってきた。でも……“私は私”。記憶も、感情も、身体も、どれも偽物じゃない。過去に誰かが決めた定義でもない。“私”がそう在ると決めたもの。それが、私という存在」
レオは、彼女を見て、そっと頷いた。
「俺たちは、もう“混ざってしまった”。いや……“混ざれる”ってことこそが、人間の本当の可能性だと、俺は思う。未来を閉じるんじゃない。未来を、ひらこう」
そして、その言葉を最後に、場内には、再び深い静寂が降りた。
だが、今度の静けさは、沈黙ではなかった。
それは、誰もが、自分の中の“境界”を見つめ直す、思考の沈黙だった。
 




