再会と再構成 1
都市の境界に近い空きビル群の一角。
風に晒されたコンクリートの壁が、夕刻の光に長い影を落としていた。
かつて物流の中継拠点として機能していた施設は、今や人々の記憶からも零れ落ちたような静けさの中にあり、鉄製のシャッターは腐食し、張り紙の類は風にめくられ、時間の層を剥き出しにしている。
その建物の最上階、会議室の中心に、レオは立っていた。
足元にはコードの束、壁面には仮設の通信装置。
技術支援を受け、かつての隔離施設に収容されていた仲間たち──自らを「境界人」と称した者たちに向けて、招集の信号を送っていた。
目的はただ一つ。
円卓会議を前にして、彼らと再び顔を合わせ、この分断された世界を繋ぎ直すための対話を始めること。
再構成に向けて、共に歩む準備を整えることだった。
ドアが軋む音と共に、最初の来訪者が姿を現す。
赤銅色の髪に異様に背の高い少年──ハク・カディール。
彼は笑みを浮かべて会議室に入り、レオに軽く頷いて席についた。
「カミーユを捜す為に飛霞を立ってから、そんなに時間は経っていないのに、なんだか滅茶苦茶遠い昔の記憶みたいだ」
静かな声が床を這うように響く。
「ずっとどうしてるのか気になっていたけど、どこにいるのかわからないから、連絡の取りようがなかった」
二人の言葉に余分な装飾はない。
共に過ごした時間の中で、言葉の重みを知っている者同士のやりとりだった。
「ところでカミーユは見つかったか?」
レオの問いに、ハクは笑みを崩さずに、こう答えた。
「後で話すよ」
続いて入ってきたのは、補助装甲を装着した細身の少女──名はナヴィ。
トランス・ウルトラ・ヒューマンの母と超人類の父を持っていたが、遺伝子編集が上手く行かず、能力的には現生人類に近かった。
容姿の面でも、胴体が長く、身長も平均程度しかない。
その為、トランス・ウルトラ・ヒューマンになる為の手術を受けたものの、能力が余り向上せず、トランス・ウルトラ・ヒューマンの基準を満たせなかった為に混ざり者となった。
「あなたが共生思想を訴えて、共鳴する人達の団体や組織が沢山できたおかげで、世の中の空気と私への風当たりが、見違えるようによくなったよ」
感謝の言葉にレオは頷く。
「まだまだ。共生社会に向けた動きが本格化するのは、これからだよ」
やがて、部屋には懐かしい収容者達の顔ぶれが満ちた。
それぞれが、この世界に分類されなかった者たち。
選択の強制から逃れ、あるいは拒まれた者たち。
かつて隔離施設の灰色の壁に囲まれ、理不尽の名の下に存在を否定された者たち。
そして――静寂の空間に、ひとつの足音が響いた。
その音は、誰よりも彼らの記憶に深く刻まれた存在の証だった。
扉の向こうから差し込む淡い光の中に、その姿が現れる。
煤けた黒髪、琥珀色の瞳、細身の肢体に宿る知性と静謐。
誰もが言葉を呑み、そして一斉にその名を呼んだ。
「……カミーユ」
彼女は静かに立っていた。
あの日、隔離施設で告発を共にし、その後、闇に消えた少女。
だが今、その姿は幻ではない。
ここに、確かに在る。
感情が溢れる。
何度も彼女の声を思い出し、サイバー空間での交信に心を揺さぶられ、何度も「必ず助ける」と誓ったその少女が――いま、目の前に。
レオの胸の奥が熱くなる。喉元が震え、視界が滲む。
カミーユは、ゆっくりと歩み寄る。
彼女の瞳には、静かな喜びと、長い時を超えてようやく辿り着いた安堵が宿っていた。
「……ただいま、レオ」
その声は、あのサイバー空間で幾度も耳にした柔らかな声。
けれど今は、現実の空気を震わせ、耳に、身体に、心に届く。
誰よりも遠いところにいたはずの彼女が、ようやくこの世界に戻ってきた。
レオは立ち尽くしていた。
まるで夢のようだった。
何度も、何度も願い、祈るように想い続けてきた声、姿、そして温もり。
いま、それが目の前にある。
言葉にできぬほどの安堵と歓喜が、胸の奥を貫いて、痛いほどだった。
レオは、一歩踏み出して、震える声を搾り出した。
「……よかった……もう……もう会えないかと……」
声が詰まり、呼吸が乱れる。
何かを言おうとするたび、心の奥底から湧き上がる熱情が喉を塞いだ。
それでも、どうしても伝えたかった言葉が、ようやく零れ落ちる。
「必死で……捜したんだ……だけど……まるで行方が掴めなくて……」
その声には、途切れ途切れの言葉の背後に、どれだけの時間と痛みがあったかが、にじみ出ていた。
カミーユは小さく頷き、レオに手を伸ばした。
その指先が、彼の腕にそっと触れる。
「……ごめんね、レオ」
たったそれだけの言葉が、心の傷を静かに包んだ。
そして、背後から聞こえたもう一人の声が、ふたりの空気に静かな現実感を与えた。
「……クーデターが起きて、内戦状態になってしまったから……」
ミナトだった。彼女の声には、冷静さの奥に、深い憂慮と焦燥が滲んでいた。
「正直……最悪の事態も覚悟してた」
その言葉に、カミーユは小さく笑みを浮かべ、けれどすぐに真顔に戻った。
その瞳には、過ぎ去った時間の重みが刻まれていた。
 




