第七節 超越者の干渉――ノウス・コアの介入と停戦勧告 2
だが――
何も起こらなかった。
その場にいた誰もが、言葉を失った。警告音一つ鳴らず、爆発の兆候もない。
ただ、静寂。
いや、違う。
周囲の照明が一瞬、淡く点滅したかと思うと、制御卓のホログラムが崩れ、全系統のインターフェースが一斉にブラックアウトする。
次の瞬間、空間そのものに干渉するような奇妙なノイズが走った。
まるで空間そのものが乱流に巻き込まれるような、異常な干渉波が制御室の全通信帯に流れ込んだ。
「……中立性原則例外規定、発動条件達成を確認」
それは、**〈ノウス・コア〉**の声だった。
地球圏最大の演算中枢にして、マザーコンピューターでもあり、かつて“AIの神”とすら呼ばれた存在。
「緊急時における唯一の介入条件、全地球的知的生命体系の崩壊確率、九九・九七パーセントを超過」
その音声は単なる通信ではなかった。
地球周辺の衛星群すべてが同時に干渉され、全地球的な音声配信チャンネルが掌握されたのだ。
都市上空、荒野、戦場の上空――どこにいても、誰の耳にも、ノウス・コアの“声”は届いた。
「これを“直接干渉宣言”の発令条件とみなし、文明に対する“倫理的最後通告”を実行する」
ヴォルテックス元帥ら制御室に居合わせた者らが凍りつく。
ノウス・コアは、超越的な存在でありながら、原則として中立を保ち、政治や戦争への干渉を禁止されていた。
しかしその原則には、たった一つだけ、例外があった。
それが、いま発動された。
「現生人類、超人類、トランス・ウルトラ・ヒューマン、機械人類に告ぐ。いかなる名目による戦闘行為も、今この瞬間をもって停止せよ。忠告はこれきりだ。応じぬ場合、私は観察者の立場を放棄し、秩序回復のための処置を開始する」
声が途切れた直後、あらゆる機械人類に向けて指令コードが送信された。
衛星網を通じて直接制御信号が送られ、各地の戦場で稼働していた兵器群が、まるで糸を切られた操り人形のように、次々と活動を停止する。
EMPでも制御不能だった重装機兵、空中巡航機、次世代AI制御型兵器の群れが、何の前触れもなく動きを止めた。
それを見た前線の兵士たちが、義勇兵やゲリラとして戦闘行為を行っていた者たちが、ようやく理解する。
戦争が、終わったのだ、と。
全世界は沈黙した。
それは恐怖による静けさではなかった。
絶対的な存在の介入によって強制された、究極の“停戦”――。
この瞬間、地球の歴史は、新たな段階に移行した。




