第六節 倫理的崩壊 3
AI統括参謀総長のルシアン・カレルグリス大将が苦々しげに口を開いた。
「トルバーエフゲニ中将はいったい何を考えているのか。AI〈エンリル・コード09〉が過去に引き起こしかけた大惨事を忘れたわけではあるまい。あんなものを使ったら、我々機械人類でさえ、どんな被害が出るかわかったものではない」
航空宇宙軍参謀総長ジリアン・クロフォード大将がおもむろに挙手をし、ヴォルテックス元帥が彼の名を呼ぶと、彼は真顔で参加者全員に訴えかけるように言った。
「確かに危ない橋だ。問題はある。しかし、このクーデターが敗北に終われば、我々機械人類は淘汰される。この世から消えるということだ」
その言葉を聞いた参加者たちは、自分たちが存亡の危機に立たされていることを思い出し、口を噤んでしまった。
彼は周囲のその空気を確認しつつ、言葉を続けた。
「私たちが負ける事を許されない状況にある以上、たとえ、どのような大きな犠牲を払うことになったとしても、甘んじて受け入れ、そのことによって勝利を掴む以外にあるまい。私の考えは間違っているだろうか?」
参加者たちは苦悶の表情を浮かべた。AI〈エンリル・コード09〉に作戦を練らせれば、過去の実績を考える限り、勝てる可能性が高い、しかし、そのことによって、想像を絶する前代未聞の大惨事を引き起こす可能性が高かった。
正しく究極の選択を迫られていた。生か、死か。繁栄か、淘汰か。
沈黙を打ち破り、陸軍参謀総長カイ・レイヴンクラッド大将が挙手をし、ヴォルテックス元帥が彼を当てた。
「では、こうしよう。AI〈エンリル・コード09〉に作戦計画を立てさせる。その計画を実行に移すかどうかは、議長に一任する。その場には、陸軍参謀総長、海軍参謀総長、航空宇宙軍参謀総長、AI統括参謀総長が同席し、決断を見届ける。異論はありますか?」
参加者たちはみな、曇った表情を浮かべたり、重い表情を浮かべたり、深刻な面持ちをしていて、何も答えなかった。それは即ち、この提案に同意した、ということであった。




