第六節 倫理的崩壊 1
日を追うごとに、クーデター派の勢力は目に見えて縮小していった。
当初こそ彼らは、強硬な手段を用いて主要都市のインフラを掌握し、情報網や通信基幹を封鎖することで一時的な優位を築いていた。しかし、その支配は脆く、不安定な土台の上に成り立っていた。
第一の波は、飛霞自治州のレオがいた避難シェルターから始まった、元軍人と民間の専門家らが協力して実行した古い軍用衛星を利用した自衛戦術。
この時は、有効でない国や地域の方が多かった為、実行地域での効果は大きかったが、戦線を膠着状態に持ち込むところまでしか行けなかった。
そして第二の波が、各地の避難シェルターに身を寄せていた民間人たちが、共生派の機械人類と手を組んで始めた、ネットワーク上での妨害活動。
こちらは全世界で同時に発生した上、内部からの本格的な攻撃だった為、大打撃になった。
彼らは武器を持たず、銃を撃つこともなかった。
だが、データを操り、コードを解読し、セキュリティを突き崩すことで、戦場を「情報」の領域に引きずり込んだ。
通信回線の攪乱、偽の命令信号の送信、兵器制御プログラムの不正操作――こうしたサイバー空間でのゲリラ的な攻撃は、クーデター派の兵器運用に深刻な支障をもたらした。
各地の司令系統では原因不明のバグが頻発し、攻撃目標が不明瞭になり、ドローン部隊や自律兵器は誤作動を繰り返すようになった。
システムを再起動され、優先命令系統の“特定の政府機関”から“蜂起した機械人類の統一指令”への切り替えが無効化されたことも非常に大きかった。
さらに、暗躍するひときわ異質な存在があった。
カミーユだった。
幽閉された電脳意識をネットワークの隙間から解き放ち、軍事ネットワーク中枢に侵入し、敵の暗号鍵を破り、行動計画を漏洩させ、武装システムのコマンド権限を奪い取った。
彼女の放ったマルウェアはクーデター派の制御中枢に深く根を下ろし、無数のサーバーが侵され、兵器管制網が不安定化したり、誰が何を命じても機械兵が従わなくなって命令系統が軋み始めたり、冷徹かつ精密な作戦によって、内側からシステム全体を腐食させていった。
それらすべての要因が、じわじわと、確実に、クーデター派の力を削いでいった。
反クーデター派――いまだに国家としての枠組みを保ち、正統なる政府の系譜を継ぐ軍事勢力――は、ここぞとばかりに攻勢を強め、一部の地域では、クーデター派の拠点の制圧に成功するところも出てきた。
戦況は、明らかに反転していた。
守るべき支配圏は縮小し、維持すべき前線は崩れ、兵士たちの士気は地に堕ちていく。クーデター派の中枢部においても焦燥と疑念が渦巻き始め、かつての強硬さは影を潜めていた。
誰の目にも明らかだった。
クーデターは、終わりの兆しを迎えていたのである。
戦線の各所では、クーデター派はまだ持ち堪えていた為、司令部内には、まだ「勝てる」という声もあった。
だが、それは最盛期のような圧倒的な攻勢ではなく、防衛と補給の綱渡りに近いものだった。
そうした事態を受け、指導層の中には、ある種の焦燥と、見えざる終末の予感が静かに広がりつつあった。




