第五節 和平を求めて 2
扉が静かに閉じられた。
シェルターの奥まった区画、外界の喧噪から切り離された静謐な空間に、ミナトは佇んでいた。金属製の壁面には微かな冷気が残っており、床に敷かれた緩衝材が足音を吸い込んで、二人の間にはただ、淡く響く呼吸の音だけが漂っていた。
ミナトの漆黒の髪が、微かな空調の風に揺れた。
整った輪郭と、わずかに灰みを帯びた黒曜石の瞳。その視線はレオをまっすぐに捉え、彼の沈黙の意味を探っているようでもあった。
「アイン氏が……私が同席することを望んでるって、そう言ったのね?」
声は静かだったが、言葉の裏には明確な決意が宿っていた。
「ああ」
レオはうなずいた。
「俺一人じゃ足りないらしい。きみが必要だと、アインははっきり求めてきた」
ミナトは少しだけ眉を動かし、すぐに視線を逸らした。長く伸びた睫毛の陰で、瞳が一瞬だけ揺れる。
「あの告発配信を見ていたから、あなたとの面会を許可したのだとすれば、当然ってことになるよね。あれは私たち二人でやったものだし……」
レオはミナトの方へ向き直り、問いかけた。
「準備はいいか?」
ミナトは一瞬だけまばたきをし、それから静かにうなずいた。
「ええ。行きましょう。でも、アイン氏がどんな人間かわからない以上、気を抜けないわね」
「今みたいな切迫した状況下での話し合いとなると、対話というより、真っ向から心をぶつけ合うことになるかもしれない」
ミナトはふっと微笑んだ。どこか、懐かしさのにじむ笑みだった。
「彼がいい人だと助かるんだけど。私たちの言動に人類種の未来が掛かっていると思うと、流石に気が重い」
その言葉に、レオはわずかに頷いた。
「そうだな。アインと話すのは、俺にとっても……ひとつの賭けだ。だが君がいてくれるなら、乗り越えられる気がする」
「ありがとう、レオ。私も、そう思ってる」
レオの手のひらがわずかに動き、ミナトの瞳を見つめた。その視線は、確かな信頼と静かな決意を宿していた。
二人は無言のまま、避難シェルター内の奥へと歩みを進めた。途中、仮設の警告ラインが設けられている。そこには「面会準備中」の表示と共に、臨時の封鎖が施されていた。
ここレオがアインとの通信接続のために一時的に指定した区画だった。内部の通信設備と遮蔽機能を活用すれば、外部からの干渉を最小限に抑えられる。仮想空間との接続にも適していることが確認されていた。
奥にある部屋の前まで来ると、自動扉が静かに開いた。
室内には、ゼファルの姿があった。仮想接続用の装置が床に設置され、各種センサとケーブルが整然と配置されている。ゼファルは二人に一礼し、淡々と告げた。
「準備は整っております。リンクは私が制御しますので、ご安心ください」
ミナトは軽く頷き、わずかに安堵の息を吐いた。
「ずいぶん手際がいいのね。私たちが来る前から整えてくれていたの?」
「はい。アイン様より、ミナト様の同席が強く希望されておりました。それに加え、仮想リンクの安定化には時間を要しますので、先に準備させていただきました」
「……ありがとう。助かるわ」
ミナトは視線を下げながら小さく答えた。ゼファルは無言のまま、静かに一礼する。
ゼファルは自身の側頭部のスロットを露出させ、手元の端末でリンクの初期化を開始した。
「ここは通信遮断の影響を受けない中継ポイントです。仮想空間との接続ラインは安定しており、安全が保証されています。面会では、視覚や聴覚などの感覚情報がリアルタイムで提示される形式になります。意識の同期や神経的な干渉は行われませんので、通常のVR体験と大差はありません。どうぞ安心して臨んでください深く呼吸をして、心を落ち着けてください」
ゼファルの手元にある細長い黒のデバイスが、微かな電子音を立てて起動する。彼は脳波と神経パターンを非侵襲的に読み取る双方向インターフェース──薄型のヘッドギアを取り出した。
ゼファルはレオの方に向き直り、慎重な手つきでそのヘッドギアを装着した。続けてミナトにも同様の処置を行い、確認の音が低く鳴る。
「これで準備は整いました。リンクの安定を確認次第、アイン様との接続を開始いたします」




