第四節 全面戦争――衝突と混乱 4
同じころ。
カミーユは、サイバー空間の深淵に身を投じていた。
肉体から切り離された自我をサイバー空間に閉じ込められた彼女の精神――いや、意識は、高次データとして姿を変形し、まるで純然たる情報存在のように、ネットワークの深層領域を自在に漂っていた。
その姿は可視化されれば、光と影が複雑に織りなす少女のシルエットだったかもしれない。情報の海に潜み、秩序の亀裂に手を差し入れ、そして静かに揺らぎを与えていた。
「また来たのね、冷たい命令信号……でも、それだけじゃ駄目なのよ」
クーデター派の機械人類によって送られる統制信号は、規則的かつ無感情なアルゴリズムの波である。兵器群を起動させ、戦術AIを呼び起こし、人類の排除を機械的に指示する脅威の波――だが、そこにカミーユが滑り込んでいた。
彼女はその信号に干渉し、わずかな遅延と反響を仕込む。無数の指令系統が微かにずれ、戦闘ドローンの同期が破られる。戦術AIのルーチンに「矛盾する優先順位」が入り込み、最適化演算がループしはじめる。
それは決して攻撃ではなかった。ただの「ずれ」――しかし、それは正確無比な機械兵団にとって、致命的なものだった。
「たとえここから出られないのだとしても、もう元に戻れないのだとしても、人類を滅亡させたりはしない。絶対に阻止する」
彼女の干渉には、ただの電気信号にはない何かが宿っていた。彼女の感情がパケットの背後に忍び込み、情報の質そのものを変質させていく。
彼女の信号を受け取った戦術AIの一部は、停止こそしなかったが、命令に対する応答時間を異様に伸ばし始める。中には、処理不能と判断して自己遮断を選ぶ個体すら現れた。
彼女の「存在」が、電子の海に波紋を投げていた。
どこまでも静かで、透明で、それでいて確かな輪郭を持つ波だった。
ただ論理的に反撃するのではなく、彼女は「存在」という語りかけによって、機械の中にあるかもしれない可能性へと、沈黙の呼びかけを投げていた。




