第三節 決行されたクーデター 1
レオは第一アジトまで駆け戻った。
息を荒げたまま作戦室に飛び込むと、そこにはまだエイジが残っていた。
エイジは血相を変えて現れたレオに目を見開いたが、声をかける暇も与えられず、レオはただちに統合端末の前に立った。
ヘッドギアを装着して端末を操作し、サブニューロ・リンクを強制的に起動。非常時緊急伝達用の旧プロトコル――“M-Vault”に接続する。
〈……承認コードを入力してください〉
「大川戸レオ。認証コード、NT-μ8-Θ……」
〈認証完了。発信権限、暫定承認〉
数秒のラグを挟み、彼の眼前にホログラムの通信構造体が展開された。レオは迷わず、全チャンネルへ向けたブロードキャスト設定を選択した。
「こちらは、大川戸レオ。今から話す内容は、あらゆる人類にとって重大な警告となる。これは全世界に向けて発信している」
僅かな間を置いて、彼は深く息を吸い、言葉に覚悟を込めた。
「機械人類が “生身の肉体を持つ存在の否定”という思考に染まった。ただのイデオロギーではない。現実的かつ具体的に生身の肉体を持った人類を消去する計画を立てている」
レオの言葉は、抑制された怒りと焦燥に滲んでいた。
「世界中のすべての国で、機械人類が自国の政府中枢を掌握し、軍の指揮権を奪う計画を水面下で進行させている。その計画は全世界で同時に、一斉に実行される。
一国でも成就すれば、独自の正規軍を持たない統一政府は、即時の介入を行えない。そして成功した国が、隣国の機械人類を支援すれば、クーデターの連鎖が始まる。
そうなれば一気に世界は機械人類に掌握される。
これは世界政府の連邦構造の盲点を突いた、完璧な“世界革命計画”だ。そして機械人類が自国の軍を握れば、殺戮のための装置が、国家単位で確立されることを意味する」
統合端末を通じて彼の言葉を聞いている世界中の4Nexusのメンバーたちは、驚愕の表情を浮かべたり、不安や恐怖で顔を青ざめさせたり、各人各様の反応を示していた。
「みなさん、ただちに、避難して下さい。安全な場所に身を隠して下さい。相手は軍隊です。まともに真正面からぶつかっても勝てません。だから戦おうなどと考えないで下さい。命を落とすだけです」
言い終えたレオは、一瞬唇を噛んだ。言葉の一つひとつが重く、自分の口から出るたびに、誰かの死を宣告しているような気がしてならなかった。
「ですが逃げることならできます」
声が震えていた。彼自身も恐怖の只中にありながら、それでも他者の命を守るために、言葉を振り絞っていた。
「また、役割分担をして、避難する人と自衛のために動く人を早急に決めて下さい」
まるで、自分に言い聞かせるように。呼吸を整えながら、次の言葉を探すように、レオは言葉を継いだ。
「避難する人は、シェルターに逃げ込む前に、機械人類がクーデターを起こそうとしていることを一人でも多くの人に伝えて、一緒に避難するように呼び掛けて下さい」
胸の奥に沈んでいた焦りが、言葉の端々に滲み出ていた。目を伏せ、拳を握りしめる。彼にとって、これはただの警告ではない。命を託す、最後の願いだった。
「自衛のために動く人は、EMPを掻き集めて、避難用シェルターを守って下さい。また、避難用シェルターに水と食料をありったけ持ち込んで下さい。
軍隊経験のある人、専門家の人は、インフラ施設と食料製造工場など、生活を送る上で必要不可欠となる箇所に、手分けして向かって下さい。施設職員や従業員に機械人類がクーデターを企てていることを伝え、施設や工場を守る手助けをして下さい。
施設警備用のEMPを取り外して、改造を施し、威力を強化して外部に放射できるよう設置してやれば、機械人類もそう易々とは攻めて来られません。これは〈ノー・エッジ〉で実践して成果を上げた方法です。
機械人類の目標は生身の肉体を持った人類種の殲滅です。インフラ設備であっても、彼ら機械人類の生存と無関係なものであれば、容赦なく爆撃と爆弾、生物化学兵器を使ってくるでしょう。
彼らが攻撃できないよう、先手を打つ以外に、生き残る術はありません。急いで取りかかってください」
レオは必要なことを伝え終えると、緊張がほどけ、身体から力が抜けた。
レオの話をずっと聞いていたエイジは、目を見開いて、唖然としていた。
少し間の後、やっとのことでレオに聞いた。
「今の話は、本当なんですか?」
レオは軽く眩暈を覚えながら答えた。
「本当だ。カミーユから教えて貰った。残された時間は少ない。飛霞自治州内で機械人類による基地や駐屯地の占拠が発生していたのも、恐らくこれが原因だ」
「俺はリーダーとして〈ノー・エッジ〉のメンバーを指揮しないといけないのでここに残りますが、レオさんは速やかに避難用シェルターに避難して下さい」
エイジは作戦室内で慌ただしくメンバーらに指示を出し始めた。
22世紀の今、人々の多くは、“戦争”という言葉を歴史の書物の中に閉じ込めたつもりでいた。だが、今まさに、選別と排除の戦争が始まろうとしていた。
現生人類、超人類、トランス・ウルトラ・ヒューマン――生身の肉体を持つ存在すべてが、効率性と合理性の名の下に“不要”と断じられている。
戦争が遠い過去の存在とされた穏やかな時代は、終焉を迎えた。




